時期は突然やって来た。
 阿呆の様にぽかりと口を開けた男は文を小脇に抱え、玄関先に立ち尽くしていた。俺は口を開ける事こそ無かったが驚きの余り声も出せずに居た。
 庭先で鍛錬の素振りを終えた後、人の気配を感じて戸口へ出ていくと、見慣れた優男が立っていた。夜しか見ないその顔が真昼に在ることに目を疑ったが、確かにそれはサンジだった。
 「お前…」
 思わず手を伸ばすと、触れる前にぎくりと彼の体が固まっているのに気が付いた。顔色は妙な具合に紅潮している。それに苦笑するとサンジは手に持った物を押し出した。
 「これっ、ナミさんが、此処に持っていってくれっ、と……」
 意中の相手に贈る物では無いと直ぐに判る、ぞんざいな文だ。達筆な割に文章はひどく簡潔な、四文字のみ。
 <あげるわ>と書かれたそれの示すものは当然、文の事では無い。
 ちらりと突っ立っているサンジを見ると所在無さ気に目をきょろきょろさせていた。
 「折角だ、上がれ」
 返答は求めていない。俺は白い手首を引っ張り痩身を寄せた。庭へ続く方へ突っ切って、敷石の上を歩く。
 「旦那っ…」
 「黙ってろ」
 適当に履物を脱いで、サンジが脱いでいるか確かめもせずに縁側から家の中に上がる。手首の感触がある以上、付いて来ていると決めつけて自室まで急いだ。どたどたと響く足音を気にしている暇は無い。
 魚が自分から網に掛かりにやって来たのだ。しかも許可書を持って。
 食べて下さいと言っているようなもんだ。
 据え膳食わぬは男の恥。
 襖をすぱんと良い音を立てて乱暴に閉めると簡単に空間は遮断された。後は引き寄せて、抱き締める。
 「…知らなかったんだ、あんたの屋敷とは」
 解っている。ナミの計略、若しくは遣り手の差し金だろうことは。だがそれは俺にとって良い方向に転んでいる。
 ならば巧く遣るだけだ。
 腰に置いた手をそっと尻に滑らせる。ぴくりと体が動いたが拒否の言葉は出ない。それを良い事に帯の結び目に手を掛けた。しゅるりと音を立てて先端が床まで落ちていき、サンジは顔を上げた。
 「やっぱり、手が早ェ」
 苦笑いを浮かべながら手は俺の首に回る。
 「いいんだろ?此処は廓の外だ」
 「ああ。俺は文を渡しに来ただけだから…これは仕事じゃねえ、俺の意思だ」
 そうして口付けられた味は矢張り大層美味かった。





 吸うと白い肌は簡単に色付く。内股に痕を付けると髪を引かれ、顔を上げると涙目が睨みつけていた。
 「しつっけェよ」
 「やっと手に入ったんだから、味わわせろ」
 「早くしろって言ってんだよ…俺だって味わいてえんだ」
 誘う口振りでも物馴れぬのは容易に知れた。触れれば強ばる身体は難儀とも言えたが、それが初物だという証と思えば開拓する楽しみが有る。
 懐から薬入れを取り出すと訝しげな顔をされた。
 「あんた何でそんなもん持ってんだよ」
 正直に言うのは憚られたが言わぬも此方の立場が悪い。仕方無しに俺は事実を言った。
 「遣り手が呉れた、テメェに使えと」
 「なっ…」
 予想通りの反応。その間にさっさと軟膏を塗り付けてしまうとサンジの体が跳ねた。足の付け根を押さえながら指をゆっくり突き入れる。呻き声がしたが腰の辺りを擦って誤魔化した。
 それが苦痛を伴う事は容易に想像できる。それでも慎重に抜き差しして解していくと吐息は少しずつ穏やかになっていく。ぴくりぴくりと反応するのだから不快感ばかり、という訳でも無いらしい。
 「ぁ、うっ…なァ、もういいよ…」
 両手を差し出してくる儘に身体を抱いた。痛みを無視する献身が愛しく、俺を許そうと手を伸ばされ欲情を誘う。促される通りに自身を押し込むと一瞬身体が強張った。
 「痛ェか」
 「う〜………たくっ、ね…」
 「嘘を吐くな」
 頭を撫でる。睫毛には涙が載り、髪には汗が滲んで額から鼻筋までつうっと垂れた。それを舐め取る内に唇まで辿り着き、舌すらも吸う。水音が絡み合う音が二箇所からしていた。
 そろりと引き抜くだけでもサンジは声を上げる。引き攣れた様な喘ぎとも呻きとも取れるか細い声。何度か腰を動かすと楽に成ったのか身体の力が徐々に抜けてきた。俺の二の腕を掴む力は変わらないが。
 「あ…んっ、あ、あぁ」
 途切れ途切れの甘い声。突き入れる度に堪え切れぬと言わんばかりに漏れる其れに気を良くしながら、中の締め付けを堪能する。女よりも窮屈な場所は熱く、思わず此方まで声を漏らしそうだ。
 「なぁ、な、あっ」
 「ん?どうした」
 訴える様な目付きをする。起こした身体を少し寄せて潤む目を覗く。
 「あんたは、いいかよ…」
 「いいに決まってんだろ」
 「そ、か…良かった。おれ、したことねェから」
 弱く笑うものだから酷く健気に見えた。それを見た途端、俺の胸の奥の方はぎゅうと絞る様に痛み、少し息が止まる。苦しい訳では無い。けれどどう伝えれば良いのか術が解らぬ。俺はただサンジを抱き締めた。縋り付く様に、しかし本当は逃がさないという想いで、ただ抱き締めるしかなかった。








 虫が鳴いていた。ちりちりりんりんと騒ぐけれどその音色は耳に心地良い。すうすうと隣の男は寝息を立てる。疲れたのだろう、終わるなり弛緩した身体でくたりと寝そべり、煙草が吸いたいなどと言っていたがその内に寝てしまった。
 俺は適当に敷いた布団に裸の身体を引き摺り込み、抱え込んで眠る事にした。
 此奴が起きていないならば詰まらない。眠り子を起こすなど得には成らぬ。同じ目蓋でも酒盛りの合間に伏せる睫毛の方がずっと美味そうなものだ。








 「………」
 在ると思って探った隣は空っぽで、俺は感触に目を開ける。
 開かれた障子から差し込んでくる光が眩しくてつい目を擦った。俺は朝に強くないのだ。重い瞬きの合間に探した背中が在った。
 「…何してんだ」
 些か不機嫌そうに響いたかもしれない。縁側に座る背中は丸まっていて背丈に比べてずっと小さく見えた。丸い旋毛の辺りを手の平で押し付けると笑い声が返ってきた。此方は御機嫌といったところか。
 隣に腰を落としてもサンジは俺の方を向かず、庭だけを見ていた。低木と石畳。見ていても面白く無いと思った。
 「何見てる」
 そう問うても返事は無い。
 膝を抱える様子はまるで子供だった。煙管でも在れば見た目だけは大人に見えるだろうか。置いて行かれた子供の様な横顔を昼近くの光に晒していた。  俺は考えに考えて、一つ訊いた。
 「何考えてる」
 「……俺ァ矢張り、あんたと一緒には居られねェよ」
 「…何故だ」
 「俺は廓で生まれた。遊女だった母親が死んでからは大旦那が息子みてェに可愛がってくれたんだ。だから…俺は報いらなきゃなんねえ。」
 報いるとは一生を廓の為に使う、という事だろう。廓主に子供が居なければ跡目を継ぎ、居れば裏方として働き続ける。廓で過ごす生涯。遊女達の様に身体こそ売らないものの、似た様なものだ。
 「だからよ、もし、旦那が又会いてェって言うなら、見世で俺を買ってくれ。金を惜しむなら…俺の事は忘れてくれ」
 跳ねる様に立ち上がるとサンジは駆け足で庭を飛び出して行った。素早かったのは勿論だが、横顔と背中が俺に追うなと言っていた。だから俺は声もかけられずただ見つめるだけだった。





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