とろりとした光に照らされている肌は滑るように輝き、白目には柔らかな橙が反射していた。ぐっと引き寄せると体は腕の中に収まり、頭を俺の肩に押し付けると手の平だけが抵抗を示していたが黙殺するうちにそれも止む。
「あんたには堪え性ってもんがねえんですか、この間で懲りたでしょうに…」
「生憎、諦めは悪い方だ。あの位で懲りるものか」
たった一度追い返されたくらいでへこたれるような気紛れで男を口説いたわけじゃない。ましてや廓に通うなど思ってもみなかったことだ。己がどれだけこの男に入れ込んでいるのか、もう解っている。
伸びた項にそっと触れると胸を押す真似をしていた手が握られた。
「あんたこそ、随分と俺に執心してやがる。大概の御仁は靡かないと知りゃあ見下して帰るもんですがね。…いつまで通う御積もりで?」
収めた身体は思ったよりも硬く大きかった。体格は細いが背丈は俺と同じ位あるのだから、当然だ。それは女の身体のように柔らかく俺の形に沿わず、ぎこちなく固まって馴染まない。そうさせているのは骨や肉の問題では無く、サンジの心内の問題のような気がした。
信じない。そう、言葉の裏が言う。
「てめえが俺のものになるまで」
この言葉が届かなくても構わない。ならばその心内が解る様に行動で示すだけだ。何度だって足を運びこの身体を抱き締めてやれば良い。俺を許し、俺の匂いを覚えるまで。
白い首筋に鼻先を押し付ければサンジの固く握られていた両手が解かれた。
「…あんたなら、俺なんざ力づくでどうにでもできるくせに」
腕力も財力も権力も。どれでも使えば組み敷く事はできるだろう。身体を暴く事もこの男の一生を奪う事も、できるかもしれない。俺の屋敷に囲って暮らさせる事すら空想でなく、現実にできるのだ。
しかし力に頼れば一番大事な、こいつ自身が手に入らない事くらいは解っていた。
「空っぽじゃ意味がねえ」
人形遊びがしたいのなら最初から金で買った。見目に惹かれたのは確かだけれど飾っておく趣味は無い。
俺が欲しいのは俺にクソ野郎と啖呵を切って睨みつけてきた男だ。
あの時きっぱりと響いた声が、今は弱々しく、俺の首に当たった。
「そうやって、俺を試しやがって…ずりィんだ……笑っちまうよ、あんたには」
上げた顔は呆れきった笑みだった。
次に訪れた時、部屋には遣り手が出向いて来た。
「どうした」
「あの子はどう?」
意味深な笑みを浮かべながら襖の前に立った女は口を開いた。その意味を計り兼ねていると白魚の様な手がすっと差し出される。
「これ、持っていたらどうかしら」
そう言うから手の平を真下に置くと小さな薬入れが落とされた。
「何だ?」
「特製の軟膏よ。貰い物だから受け取って頂戴。貴方達には必要でしょう?」
そういえば男同士の性交には潤滑剤が要ると聞いた事がある。油なんかでいいらしいが、流石に女郎屋なだけあって詳しいものだ。
けれど俺に渡すということはサンジとのことを承認どころか、積極的に勧めていることになる。俺は益々計り兼ねた。
「何故これを俺に?必要なら彼奴に渡せばいいだろう」
全てを決めるのは俺ではない。どうせ使うにはサンジの覚悟が要るのだ。俺一人が懐に隠していても仕様が無い。
「それに彼奴は女郎じゃない。身請けの支度金も入らない俺に易々と呉れてやるつもりがあったのか?」
そこが一番の疑問だ。廓の奴等は金に厳しい。女郎ならば金も入ってくるが男衆に手を出したくらいでは店とは関係が無いとも言い張れる。
それにサンジがこの廓で育ってきたのはもう判っている。ナミの様に手を付けられて不興を買っているかと思っていたが。遣り手の立ち位置はナミとは違っているらしい。
遣り手は相変わらずの読めない笑みだ。
「いいえ。ただあげるつもりは無いけれど…あの子はこれまで店に尽くしてきたもの。廓の女達の情事を横で見て育ったのに、そういうことをひとつも知らずに…。色恋沙汰なんて初めてなのよ」
「女ともか?」
「此処の内情を知っているからこそ…」
「女子に容易に手は出せない、か」
「だから好いた相手が貴方だったのはとても運が良かった。叶わない想いは売る程見て来たから」
女郎達は客を好きになっても一緒に成れる訳では無い。誰か一人のものになるのですら運が必要なのに、それが想う相手かどうかは別だ。誰かに惚れる事すら数多の糸がたまたま手繰り寄って絡まった程度の運。其処に売り買いの思惑が交差する。女郎達の想いは大抵千切れてしまう。
それこそ見世には売る程に女達の潰えた想いがある。
この女もその一人なのかもしれない。芽生えた想いを大切に育ててやりたいと思っている、のかもしれない。読めない微笑からは詮索もできないけれど。
「…てめえにも情があんのか」
試しに俺が尋ねると一層その笑みを深くする。
「私も貴方と同じ。あの子が好きなだけよ」
俺は手の中の薬入れを握り締めた。幸運なのは俺の方だ。好いた相手が手を伸ばせる所に居るのだから。
鍛錬をしているとルフィが来た。暫く会っていない様に感じたが、もしや二人とも廓に足を運んでいる所為かもしれない。同時に見世に居る事があれば中々間抜けだ。
「サンジには会ってるのか?」
「…何でテメェが名前」
「ナミが言ってたぞ。ゾロがちょっかい出してくるから邪魔してやりたいって」
「あの女は恩を仇で返す気か?」
真剣を一振りすると空を裂く細い音がする。後ろではくああと欠伸で大気が揺れた。風も吹いている。
「恩だと思ってねえんだな、きっと」
「…なら、ただの嫌がらせっつうことだな」
「だなー」
大層な悪趣味だ。そして暇人なのだろう。俺はもう一度刀を振りかぶって、空を斬る。
「うまくいってんのか?」
「そこそこ」
もう一度。斬ったけれどどうにも集中できないので刃を鞘に納めて振り返る。畳の上で寝転がっている男は退屈そうだ。緩やかな日差しが当たっていて眠くなるのも窺える。
「切欠が無ェとな…何方も動けねえ」
お互い進み兼ねている。手を伸ばせば掴めるものを距離を計り兼ねているのだ。奴の手は直ぐ其処にあるのか、それとも寸での所で擦り抜ける所にあるのか…。その内に手の伸ばし方も判らなくなる。
今まさに俺達は其の様相を呈している。二人共だ。
俺はサンジに詰め寄る時期を逸し、奴は俺に近寄る時を見失っている。
麗らかな陽がある内は、如何にも手立てが無い。俺もルフィに倣って欠伸をしてから寝転がることにした。
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