その瞳がきょろきょろと動いている。
 と思ったらサンジはよくわからないことを言った。
 「え、あ、そういう意味で?おれ?」
 何がだ?というか会話が繋がっていない。
 それが顔に出ていたのだろう。サンジはまた言い淀んだが結局何も言わず、というか言えずにただうーとかあーとか零すばかり。
 何が言いたいのかはわからなかった。だがサンジの顔はうっすらと赤い。
 寒くもないのに急に赤面する理由なんてそんなに多くない。俺が思いついた通りなら――。
 ぐっと腕を引く。一歩よろめいてサンジは俺のほうへ傾いた。
 顔が近い。
 しばたたく睫毛は黄色をずっと濃くしたような茶色だ。目は暗いせいか以前のように青色には見えなかった。
 その瞳は悟っているくせに拒絶の色を見せない。だから声が出た。
 「メシも食いたいがあんたに会いたい」
 美味いものより欲しいもの。どちらも欲望だが俺にとってサンジは食より重い。
 「あんたが会ってくれるなら食ったら帰る」
 近くにいる時間が欲しいだけなのだから居座る必要はないのだ。サンジが迷惑と言うなら本来居座らないほうがいいのだし。要するに俺は近寄りたいだけなのだから。
 サンジはきっとこの取引を呑む。
 こんなに顔を赤くして気がないとは言わせねえ。
 顔をもっと近づけて唇を合わせる。一瞬、距離感がわからなかったが、それでも柔らかなものにぶつかったのは判別できた。
 離れてもサンジの顔は赤い。
 「――っおまえ、キッ……」
 口に手をあててまた二歩下がる。
 「だめだったか?」
 質問には蹴りで返答が返ってきた。重いローキックを太腿に入れられ俺は横によろけた。そこにもう一発カカト蹴り。
 「痛ェな!」
 「死ね!いますぐオロしてやる!」
 また蹴りかかってきたが辛うじて手で防ぐ。確保するとサンジは片足だけで立って睨みつけてくる。いいバランス感覚してるな、と感心していたがパンチが来るかもしれないので油断はできない。
 じっと待つがサンジは睨むばかり。
 「…殴らねぇのか?」
 そう言うと足から力が抜けた。放すとサンジは舌打ちしながら頭を掻きむしっている。どうやら殴る気はないらしい。
 懐から煙草を取り出すと夜道にライターの光がぼやけながら灯る。とはいえ街灯の真下だ、明るさが変わるわけではない。それでもサンジの心持ちは変わったらしく、少し冷静そうな表情に戻ってしまった。
 「だめだったか?」
 さっきの問い。繰り返せば答えてくれそうだと思ったのだが、やっぱりサンジは答えず俺を見返す。
 何か言おうと思った。でも何も思いつかず、結局サンジのほうが先に動いた。
 振り返って道を歩き出す。慌てて後を追うとぼそっと呟いた。
 「今日は、帰る。お前も帰れ」











 エースが居た。校門の柱によりかかってしゃがんでいる様はどうみても後輩を威嚇しているようにしか見えない。
 しかしこの男は到底そういうタイプではなく、単純に座っているだけだろう。
 「……何してんだよ」
 見下ろす俺の影がかかる。
 「ゾロの出待ち。どうよ?首尾は」
 話はわかっている。
 「何でテメエに言わなきゃならねえ」
 一応抵抗はしてみるが、無駄そうな気がする。エースに腕を引き下げられ渋々隣に座ることになった。
 「ナミちゃんと賭けてんだ。お前が落としたらおれの勝ち、お前が振られるか警察に逮捕されたらナミちゃんの勝ち」
 賭けていることくらいは別に驚かないが、最後のは聞き捨てならない。
 「逮捕なんかされるわけねェだろ」
 好きな奴を追って捕まるのなら世の中いくつ刑務所を建てればいいんだ?
 馬鹿にして見遣るとエースはニヤと笑った。
 「焦って強姦罪か、つきまとってストーカー」
 俺はしばらく考えた。目の前には下校する生徒たちが門をくぐって出て行く。空は赤くなろうとしていた。
 「どっちにもなりそうにねぇぞ」
 この空が暗くなったらまたあの灯りへ向かうのだ。
 彼は何を言うだろう?
 俺にテーブルをひとつ明け渡して帰り道を共にするか、それとも、もう待つなと告げるか。
 「あぁ?なんだよ、上々ってか?」
 頷いて、俺は立ち上がる。
 「どこまでいった?」
 答えずに校門をすりぬけた。
 夕日なんか早く沈んでしまえ。
 どんな答えが返ってこようとも、サンジに会えるのは間違いない。未来は少しだけ怖かったけれど昨夜の後ずさった顔を思い出せば心構えくらいはできた。





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