最初の日はボンゴレにジャガイモのグラタン。
次の日は豚肉に何とかソースだった。
今日で三日目。通い詰めている。連日、俺はサンジの仕事が終わる頃までテーブルに居座りその姿を眺めている。といっても厨房から出てくることは稀で大体は四角く切り取られた中を行ったり来たりする横顔だ。真剣そうな面で忙しく働いている。
その仕事ぶりは鮮やかである。とてもじゃないが邪魔をすることはできない。けどこの特等席を離れることもできず、ただテーブルをひとつ占拠するくらいのことしかできない。
歯痒い。かっさらってしまえばいいのか?
せめて触れるくらいにならないとそれじゃ犯罪か。
などと不埒なことを考えつつ美味い飯を待つ。
「うるせェ!違ェっつってんだろ!」
厨房からでかい声がする。サンジだ。今日もバラティエの調理場は怒号を投げあっているようだ。そのあとに言い返す声があったような気がしたが俺は厨房をでてくるサンジを見ていて脳内にはあまり入ってこなかった。
「おまたせいたしました」
出されたのは俺が食いたいと言ったハンバーグだ。昼間エースが食べているのを見て食いたくなったので頼んだ品である。
フォークを入れると肉汁がソースにこぼれる出来。口に入れればまさに完璧。美味すぎる。
がっついていると横に突っ立ったまま、サンジは睨みつけて言う。
「テメェいいかげん自分ちでメシ食え!おかーさんが悲しいだろうが!!」
至極当たり前の説教だ。確かに、息子が毎日勝手に外食していたら母親は悲しいものなのかもしれない。が、しかし俺にとっては推論だ。
「お前が来てもいいっつったんじゃねえか。」
俺が言い返すとサンジはぐっと言葉を詰まらす。
「それにおふくろはメシ作んねェから問題ねえ。ここのほうがおふくろのメシよりうめェし」
俺の母親はもうとっくに親権を放棄している。もし一緒に暮らしていたとしても食事を作るような母親ではなく、男と遊んでいるほうが多い。そんな女だった。おふくろは美人だったがメシが美味いような思い出はなく、ただ俺を置いていく背中だけを覚えている。
きっと作ってもロクなもんじゃないんだろうし、今となっては興味もないのだ。
ありもしない美しい記憶よりも今このときの、この男の作るメシのほうがよっぽど価値がある。
サンジは呆れたような声をだした。顔は照れている。目だけきょろきょろ動かすのが可愛く見えた。
闇夜にて、サンジの金髪だけが路地の電灯に光る。
バラティエの店じまいを待って俺たちは二人で歩いている。
半歩前をぶらぶらと歩く背中はしっかりしていて頼りなさそうに見えない。それなのにふらついて俺に縋ったりしないか、と妄想してみた。
しないだろうな。
「大体、なんでおれのこと待ってんだよ」
俺たちは立ち止まらずに会話していた。首だけだが、振り返ってまでサンジが言ったのは、毎晩の俺の行動についてだった。
帰りを待たれると困る。食いに来るのはいいらしい。
と言われてもただ食いに来るんじゃただの客だ。サンジは顔見知り程度にしか扱わないだろう。それはこっちが困る。
「……」
じゃあ何と言えばいい?正直に狙ってる、とでも言うか?
無駄に警戒心を持たせるのが良案とも思えない。
「……」
考える。
考えていたらサンジは溜息をついた。
「もういいよ、別に構わねえから」
言い捨てると顔を前に戻して歩くテンポも普通に戻る。
その一瞬の横顔が、どうしても逃がせなかった。興味を失ったような態度が恐怖だった。
嫌われた、ような気がしたのだ。本能的な危機感を以て俺の手は離れゆく腕を掴んだ。俺が立ち止まったせいでサンジの体はぎしりと傾き、それにあわせて顔も振り向いた。
サンジは驚きと疑問を混ぜた表情で居た。俺に読み取れたのは表面の変化だけで、内側が感じることまでは判らない。
俺の、この浮ついた気は伝わっているのだろうか?少しでも、この男が俺に警戒心を持っていれば、いいのに。
この驚いた目はきっとそれを持ち得ない。
悔しさよりも歯痒かった。自分の腕が透明の気体で出来ていて、もしもサンジに届いても擦り抜けてしまうのだ。
少しでも、この気持ちが伝わるように。俺はこいつの前に居る。
「…あんたと話せねぇから」
一秒でも近くにいれば関係の距離感は縮まるだろうと淡い期待を抱きながら、ただ店に居座るくらいしか、俺にはできそうなことがない。告げるのは怖くてできなかった。まだここは拒絶されたら二度と近づけない距離だ。
細いのは手首だけで、腕は普通の男だ。固い感触はしっかりとした筋肉と骨。
そんな現実に触れても揺るがない。
エースの言ってた通り、これは恋だ。
恋の熱が俺のてのひらから伝わってサンジの心臓まで流れてくれば――。
俺はただ瞳を見つめた。
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