「鳴ってるよ」
ぱしりと顔を叩かれてやっと目が覚めた。見ると窓の外は真っ暗でまだ雨の音がしていた。
「宿題でもあるの?」
「いや…ちょっと」
「私は寝るけど」
おやすみ、と言って見送ると隣の部屋へ足音が消えていく。それを聞いてから俺も部屋を出た。もしかしてバレているかもしれないが、大っぴらに深夜に外出も気が引ける。一応、扉の音には気を遣った。
片隅に置いていたビニール傘を持ってまたそれとは違うビニール傘をさした。
夜の道はわかりづらい。覚えたはずの近所の路地でも多少間違えてしまうほど違うものに見える。俺は思ったよりも時間を要しながらレストランに着いた。
閉店の札がかかっていた。それどころかシャッターも閉まっている。
俺は携帯電話を開いて一緒に引っ張りだした名刺に液晶画面の明かりを照らした。印字されたアドレスを打って、それから挨拶なんかの文面を考えたが、どうにも決まらなくてやっぱり用件だけを送信した。
初期状態のままの着信音が鳴り、すぐに新着メールを見た。
路地に裏口があるらしい。
回り込むと確かに金属のドアがある。少し、緊張しながらノブに触れた。
サンジはどんな顔をするのだろう。追い返されてただ傘を渡すだけ、で終わるわけにはいかない。なにがなんでも押さなくてはと自分に言い聞かせる。
扉の中は外とはうって変わってとても明るい。俺と同じくらいの歳の男がこっちを向いた。
「え…っと、誰」
けれど俺の視線はそいつじゃなく、その隣の金髪に刺さる。
サンジ。
着ているものは違うけれど間違いない。
たぶんサンジは俺の名前を知らないから。
「金髪の…」
そう言うと男が金髪のほうを向いて何か言った。
「ちっと待ってろ」
言い残して金髪は奥のドアへ消えた。残っていた男はこっちをちらちら見ていたが言われた通り待っているとそのうちあの時と同じように黒いスーツに着替えたサンジが出てきた。
「ありがとよ。わざわざ持ってきてもらっちまって」
「いや…」
「おれ、このままあがりだから」
そう言うと後ろの、同僚らしきコックが慌てて言った。
「えっ、仕込み途中ですよ!」
「オメーがやっとけ。じゃーな、おつかれさん」
そのままドアはゆっくり閉まった。サンジは俺の手渡したビニール傘をさすと闇夜の中、歩き出した。
コンビニを通り過ぎた四つ角、俺が右を指差すとサンジは妙なことを言い出した。
「送ってってやろうか」
いくら年上とはいえ、サンジはどう見ても俺よりもなよっちい。男のくせに変な気が起きるくらいだ。いや、俺だけが起こしているのかもしれない。
むしろこっちが送っていきたい。下心も含む。
「あんたのほうが夜道で危ねェだろ」
「心配無用だ。それより早く帰れ。明日も学校あんだろ?寝坊すんぞ。」
けれど年上らしくあっさり断られたついでに諭され、口ごもる。無い手管を駆使するべく、バラティエの厨房を見ながら考えていたことを言うのは今だ、と思った。だがうまく声にのせられない。何回か息を吐くと、やっと台詞になった。
「あの店、おれでも入れるか」
多分断られない。来るなとは言わないはずだ。
「おう。来いよ、サービスしてやる」
了承と笑顔。予想通りどころかオマケまでついてきてうっかり息が止まった。
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