「そりゃあ脈アリじゃねえか!やったなゾロ!」
 わざわざ俺の教室に来て豪快に背中を叩き始めたエースにクラス中がドン引きしているのをひしひしと感じる。隣のナミなんかさっさと帰ってもらえと睨む目で訴えている。
 時間はニ限と三限の間の休み時間。十分しかないのになぜかここにいる。遅刻して今来たらしい。
 「てめえもう教室行けよ…それに脈とかじゃねーだろ」
 「いや、いけるって。押せ!不器用なテメーにはそれしかねェんだ。」
 勝手に決めつけてうんうん頷いている。その場に居たわけでもなし、何から判断しているのだろうか。俺の攻め方まで決められても困る。
 「そうねぇ、ゾロならそのほうがうまくいくのかも」
 今度は横からだ。思わぬ援護射撃を受けてエースは「そうそう」と意気込んでいる。
 「あんた口下手そうじゃない」
 言い返せないが、なぜこの女に言われなければならないのだ。黙っていたら隣の席の女はまるで自分のことのように至極楽し気に言った。
 「雨の日が楽しみね」













 俺が入念に天気予報を見るようになってから三日経ったこの日、傘のマークが画面に出ていたので少し緊張しながら学校へ行った。もちろんエースとナミにはからかわれたが放課後になっても雨が降る気配はなく、緊張は解けかかっていた。
 「ただいま」
 「雨降らなかった?」
 「まだ平気みてえだ」
 部活が終わってから帰ると大体姉貴が先に帰っている。そしてメシを用意してくれるのでその間に風呂に入ってしまう。じゃないと逆に怒られる。
 俺の家には母親がいない。家事のほとんどは姉貴がやってくれている。手伝うこともあるが余計な手間をかけるとのことで俺が使われるのは買い物や電球を取り替えるとかの雑用のみだ。
 換気のために窓をあけっぱなしにしていたら、急に雨の音が聞こえ始めた。ざあざあと、シャワーの音と間違えそうなくらい激しい雨だ。
 どっと緊張がぶりかえした。




 サンジ。
 金髪と、雨の中を走って帰った背中、それと名刺を渡したときの手首の内側を思い出した。青い血管が浮いていた。
 「う…」
 血が沸いて集まる。体は脳味噌よりもずっと正直に心を表しているらしい。そっと手で触れると余計に熱があがるような気がした。
 水を流したまま、もう片方でタイルに手をつく。前屈みになって緩く擦る。ぎゅっと目をつむったまま、あの手を思い浮かべて。
 「…っ、は…、んっ」
 サンジの手が触れている――不埒な妄想だとはわかっていながら止められない。思い込むほど体の熱は上がっていく。くらくらする頭の中はきっと四十度の湯よりも熱い。
 犬のように息を吐き、ただひたすらのぼりつめる。
 そのうちサンジのことすら真っ白になって俺は果てた。









 外を見なくても雨が降っているのはわかっていた。
 姉貴の作った晩飯を食いながら時計を見る。七時四十五分。
 名刺の裏には地図と営業時間があった。夜十二時が閉店、ラストオーダーはその三十分前。メシを食ってから行けばちょうど忙しい時間だろうから相手をされないかもしれない。だったら終わる頃に待っていれば少しくらい時間を持てる。
 という打算をした俺は早々にメシを食い終わり、さっさとベッドに転がった。携帯のアラームを十一時半につけて。





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