「そりゃナンパだな」
幼なじみはしたり顔で言いながらポテトチップをばりばりと食い散らかしている。
「教科書、汚れるぞ」
手前に広げてあるノートはもうすでに油染みがついている。手遅れだ。せめて被害の少ないものだけでも、と引っ張って少し遠くに移動しておく。
「おおすまねェ」
「ホストが男にナンパしねえだろ」
ああともおうともつかない唸り声を上げたが、宿題に対してなのか俺の話についてなのかは不明だ。
「連絡先とか訊かれてねーんだったら返さなくていいっつうことだろ。貰っとけばいいじゃん」
簡単に言う。たかが五百円と言えばそれまでだが、親切を軽んじる気にもなれず頷けない。
ただのビニール傘はあの男が俺に渡した時点で俺にとって違うものになっている。
「…なに、わざわざ返してェのか?」
返したいっつうのも変だ。首を傾げているとノートから顔をあげた。
「返したいわけじゃねェんだ。なら、あれだ」
ペンをぷらぷら振って、俺をびしっと差した。
「も一回会いたい! そりゃあ恋だ! ひとめぼれだ!」
俺は一瞬だけ米の銘柄を思い出した。現実逃避だ。
「…男にか」
どうにも受け入れ難くて納得できず、余計に首を傾げる。俺の辞書内に一目惚れという言葉はあれどそれは同性に適用されるものではないのだ。そもそも異性にすら起きたことがないレアケースだ。
俄には信じ難い。
大体こいつが出したというだけで真実も疑わしい。
俺はこの男を二割しか信じていない。昔から家が近いのと弟に懐かれているせいで付き合いも長いが、決して年上だからといって尊敬できる手合いではないからだ。
口からでるものは八割が適当な与太話、二割は為になるお言葉。普段はちゃらちゃらたらたら遊んでいて、たまーに義理を通したり弟を心配したりしている。
その弟はこいつについていけるほどネジが緩んでいるので問題はないようだが、俺も弟扱いされているので子供のころから適当なことばかり教えられた。
しかし残念ながら俺の交友関係でこの件について解を得られそうなのはエースだけなのだった。
「男だって関係ねェだろ。まっ、オメーは恋愛とかしたことねェからわかんねーのかもしんねぇけど。気になるっつうのは好きっつうことだ」
その論が正しいなら好きだってのはよっぽど簡単なことになる。
路傍の石ころでも拾ってみたくなりゃ好きってことだ。
そう考えれば少しは納得もいきそうだ。
あの細そうな腕を掴んでみたいのは、気になるってことで、つまりそれは好きってこと…か?
クーラーをかけているくせに上半身裸のエースは手についた油をどこで拭こうか迷ったあげく結局ハーフパンツの裾で拭いていた。俺のシャツで拭かないぶんマシな行動だ。
ちなみにこいつの腕はこんがり焼けていて骨が目立つ。筋肉も結構ある。別に掴んでみたいとは思わない。
だからといって好きじゃない、わけではない。わざわざ家に来てしまうくらいだ。
そのあたりが恋愛との決定的な違いか?
だったら俺はあの金髪がそういう意味で好きなのか?
ちょっとだけ、血の気が引いた。
なんか重大なことに気が付いてしまった気がする。
「今日のおれは二割のほうだぜ〜」
エースの内訳の話をしたのは誰でもない当人だったので、こいつはよくこう言って自分の言葉の信憑性をアピールしている。
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