あまやどり*
学校から帰ってきて雑誌を買い忘れたことに気が付いた。俺はあまり興味がないのだが買ってこないと姉貴がうるさい。仕方なしに制服を着替えてから財布と携帯だけポケットに突っ込んで家を出た。
専門系の雑誌なんてコンビニには置いていない。一番近い書店は大して広い店でもないくせになぜかマイナーな雑誌を置いているので、とりあえずそこへ向かった。
『剣道時代』をさっさとレジに渡して店を出た。そこまでは問題なかった。
雨は突然に降り出した。
ぽつりときたと思ったら次にはどばっと滝のように落ちてきて、俺はとりあえず慌てて雑誌を隠した。書店のじいさんは茶色い紙袋にいれてくれただけだ。濡れたら終わりである。
咄嗟にひさしの下に逃げ込む。これから渡る横断歩道を睨みながら、俺はこの雨が少しでも弱くなってくれないだろうか、と考えていたが見込みは薄そうだ。
Tシャツでは服の下に入れて保護するわけにもいかない。
途方に暮れていた。
俺の近くで立ち止まった男が何か言った。
どうやら俺に言っているらしい。
ビニール傘を差しながらもう一本を手に持っている。金髪に黒いスーツの男は特に濡れた風でもなかった。
「やるよ。それ、濡れたらまずいんだろ」
どうも俺が抱えている袋のことを言っているようだ。確かにまずい。
けれどいくらなんでも見知らぬ男からいきなり傘を貰うのも変な気がして、素直に礼を言うような気にはなれない。
「もらえねえ」
正直に断っても男はめげなかった。
小綺麗な顔立ちをしている。俺と同じくらいの年のように見えたがスーツに濃紺のシャツ、襟元は開けたままグレーのネクタイが下のほうで締められている。それに加えこの派手な頭をした男はどうみてもマトモな職業には見えない。夜の商売でもしているのだろうか。だとしたらこれから出勤か?
この顔ならホストっぽいな。
花束とか持ってそうだ。
「おれのきまぐれを無駄にすんな。袖すりあうも多少の縁っつうだろ?」
ちゃらい格好のくせに古風で義理堅い言い回しだ。他人に親切にしようとするあたり見た目よりも真っ当なのかもしれない。
学校にいる同級生よりかはよっぽどいい奴に見えた。
押し出された傘。それを持つ手首。男にしては白くて細く、そのわりに指は節くれ立っていて男性的だった。
掴んだら俺より小さいだろうな。
ぼーっと見ていたらその拳がごつんと当たった。やっぱり俺より小さい。
「じゃあ貸す。今度会ったら返してくれ」
道で他人に貸した傘が返ってくると思っている、とは思えなかった。そんなに他人を信用してマトモに生きている奴も居まい。きっと俺に柄を掴ませるために言っただけだ。
俺は傘を手に取った。
そこまで言われては…と思ったのも確かだが、それよりも“今度”の響きに惹かれていた。
もし今度があるならどんな事があるのだろう――。
そう思っていたら男は横断歩道に飛び出していった。そのスピードも見た目よりずっと速くみるみる間に角を曲がって消え、俺の網膜にはギャップだらけのその背中が焼き付いた。
→2