act.5
印字の扉の内側は二人だけの秘密の城。神が与えた唯一の救い。ひとつしか体は渡されなかったが、その加護を受けた空間だけは元通り存在できる。ただしそこには二人だけしか居られない。現世に同時に存在することはできず、切り離された宙ぶらりんの部屋しか向き合うことはない。それがルール。
ルールは絶対だ。サンジはそれを五年間忘れたことはない。
「そろそろ準備…」
「まだ平気だ。9時だろ?」
逃がさないとでも言うように、ゾロはサンジをベッドに引き止める。羽交い締めにされてもがいてはみるが力強い腕から抜け出せる気配はない。サンジもまた、本気で抜け出そうとは思っていなかった。
ちゅ、と項に吸い付かれてもくすぐったそうに金髪を揺らすくらいだ。
「どうせ今日のは俺の番だ。時間はかけねェ」
サンジと違ってゾロの仕事は簡潔だ。時間通りにターゲットに接触のち抹消。仕事振りは鮮やかとしか言いようがないくらいあっさりと仕留めて消え去る。ただし方向には弱い上、辻褄合わせをすることがないなど不備もままある。
「だからって、ずっとこうしてんの?」
前に回された手を握る。ごつごつとした指先をなぞるとひらめいた手の平に握り返された。
「一緒に居てェんだ。いいだろ?」
「……くっせェ台詞」
サンジは照れ隠しに笑った。
一緒に居たい。
単純なその言葉がどうしようもなく胸に響いて、じくじくと痛む。きっとゾロも同じように胸を痛めているのだ。そう思うだけで虚しさを上回る愛しさが痛みを緩和させてくれる。
サンジは組む形になった手をぎゅうと握りしめた。
夜の闇に炎は煌煌と映る。
サンジが火をつけた家屋はみるみるうちに燃えていき、すぐに崩壊を始めた。がらがらと木が崩れる音が響き火の粉が舞っている。オレンジの光がめらりめらりと舐めるように藍色に侵食していく様を眺めながら、サンジは煙草に火をつけた。
サンジの視界を借りながらゾロは今日の仕事について考えていた。
一人暮らしの老人だ。他にも消しようはあったはずなのにサンジは燃やすことを選んだ。ゾロの仕事は愛用の刀で行われるのが常だがサンジのそれは違う。状況に応じて様々な手を使うのだ。もちろん家ごと燃やした事はこれが初めてではなかったが、ここのところの仕事ぶりには疑問を感じていた。
『…どうした?』
ぼんやりと現場に立ち竦むサンジに声をかける。
燃やすのは生死が確認できない。この燃え様なら間違いなく終わっている、とは思うがこの目で確認できないのは安心できなかった。だからこそゾロは自分の手で始末するのだ。
サンジは割と危う気な手段も用いるが、現場に長く留まることなんか今まで無かった。
『おい、戻るぞ』
「…文字通り、火葬だな」
そう言ってサンジは振り返り歩き出す。
『この国は火葬だったか』
「ほとんどそうみたいだな」
すたすたと歩いていくサンジに迷いはひとつも見えなかった。
それでも長い付き合いのゾロにはサンジがおかしいことは明白だった。
『早く、帰ってこい』
そうすれば触れて確かめることができる。顔を見て体に触れて、自分の持ち物でサンジを感じられる。そうでないと今どんな顔をしているのかすらわからない。
もし泣いているなら俺の側にしろ。
わからないことが歯痒かった。掴めないことが不安で仕方ない。その胸が泣き叫んでいるのなら、訳を聞いて側で慰めてやるのに。
サンジは答えないまま駅のホームに降りた。周りには疎らにだが電車を待つ人々。きっと答えはない。
あと二十分待てばこの目と手で捕まえてやる。
電車が滑り込むのを眺めながらゾロは視界を閉じた。
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