act.1
『がんばれー』
脳内で響く声。呑気そうなそれを鬱陶しく思いながら、砂利道を歩く。周囲には自分の足下で石が軋む音しかしない。
「チッ……黙ってろよ」
『暇だからさぁ…あ、そこ右な』
邸宅の庭先でゾロは立ち止まった。丹念に手入れされた造園は入り組んでいて屋敷の入り口もわからない。言われた通り右に曲がると中庭に繋がっていた。
「窓ブチ破るのか?」
『まさか。そんな手間かけなくても廊下に通じてるんじゃねェか?』
またも言われた通り見渡してみると、確かに内部に入れそうだ。
踏み込んだ先は細い電灯がついているだけだったが夜目が利くゾロには十分だ。すたすたと歩いて気配を探す。
目算をつけて、扉を開いた。
そこには白髪まじりの男がソファに座っていた。こちらに背を向けたまま、酒を飲んでいるようだ。ゾロは足音を立てずに間合いを詰める。
すい、と白刃を抜いた。
『殺っちまえ』
歌うように響いた声の通り、ゾロはその刀を振り下ろした。
「405号室になります。ごゆっくりお過ごし下さい」
ホテルマンの言葉を聞き流してエレベーターホールへ向かう。開いた箱に乗り込んで階数を押した。
初めてホテルを利用したときはなぜ号数で階がわかるのか疑問だったがサンジに最初につく番号でわかると教えられてからは、さすがのゾロでもエレベーターのボタンは押せるようになった。
『ああ、左だ。……そこ』
立ち止まってそのドアに人差し指で印を描く。ゾロやサンジの共通の印だ。どちらも絵心なんて持っていないが記号くらい描けなくてはならない。そうしないと仕事どころか存在に関わるのだ。
ドアを開くと真っ暗なはずの空間が一瞬だけ揺らぐ光で満たされる。
「おつかれさん」
脳裏にこべりついていた声が突如離れる感覚はいまだ慣れない。扉を閉めて電気をつけると男はもう備え付けの灰皿を探している。
「こっちにある」
プラスチック製の器を放り投げるとサンジは危なげなく受け取りすぐに煙草に火をつけた。
「あーーもう限界」
やたらに美味そうなその嗜好はゾロには理解できなかった。
「限界も何もねェだろ…ニコチンが効くわけねェんだ」
「気分の問題だ」
「そんなもん吸いたくなるんなら寝てろ。うるせェんだテメエの声は」
ゾロはベッドに体を投げ出してブーツを脱ぎ落とす。ごろりと転がったそれは無視。
もう夜更けだ。いくらなんでも眠い。
そのまま寝付こうとするとベッドが軋んだ。
「おいおい、真ん中で寝んじゃねェよ。俺の場所は?」
そういえば忘れていた。一人分じゃなかった、と思い出したが遅すぎる。だからといって弁解するのも面倒でゾロは目を瞑ったまま体を壁側に転がした。
「広く寝たいならツインにしとけよ…それとも誘ってんのか?」
背中にするりと指が這う。
「誘ってねェよ」
「つれねーの」
ゾロを覗き込んでいた気配が離れた。煙草の匂いも遠くなって、なぜだか少しだけ寂しくなる。
「風呂いくわ。寝てろ」
その言葉通りシャワーの音がしているうちにゾロは寝てしまった。
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