急に馬鹿馬鹿しくなった。こっちが珍しく心配して、しすぎて動揺までしてるってのに、当の本人は何の緊迫感もない。どうせ今だって自分のことを笑っているに違いない。だからといって労る自分に感謝などされても困るが、どうにも癪にさわる。
 ゾロは大概の場合において仲間がやられるはずはない、と思っている。よっぽどの強敵に出くわした時か絶望するほどピンチな時以外は。昔はそれこそ向かう所敵無しといった気概で暮らしていたが、あの日、為す術もなく負けたときから、勝つことがある以上負けることもあることを知った。つまり負けない奴なんかいない。死なない奴もいない。力量の差、相性、タイミング、状況、気力――些細なことの食い違いでも勝敗がつく。たとえゾロが絶対の信頼を置いていようがルフィだって死ぬときは、あるかもしれない。それは自分もそうだ。サンジも同じだ。
 それがいつかなんて誰にもわからない。一時間後には一味壊滅だってこのグランドラインでは想像できないことじゃない。
 でもそれじゃあ、俺は何を信じて今を生きればいい?
 単純なことだ。
 (俺と、こいつらと、野望さえありゃいい)
 失くすことを考えないのは、無知か現実逃避に他ならない。
 (失くしてたまるか)
 いくらでもある可能性から生きる道を選んでいくしかない。








 「寒くても我慢してろ」
 淡々と言って、何をするかと思えばいきなり布団を剥がれてぎょっとする。
 「ちょっ、そんな怒んなくてもいいだろうが!」
 「?何言ってんだ、いいから服脱げ」
 お前こそ何言ってんだ。言い返す前にゾロはシャツの合わせに取りかかってしまい言葉が見つからない。どうも自分は倒れたままベッドに入れられたらしい。ネクタイだけは誰かが取ってくれたのか、見あたらないが。
 「今んとこ敵の毒じゃねェかって話だ。てめえが気付いてねえだけで、どっかやられてるかもしれねえだろ」
 強制的に腕を抜きながらゾロは神妙な面持ちだ。どうも真面目に俺の体を検査しようとしているらしい。それならば大人しくしているのが賢明だろう。
 ゾロの手を止め自らシャツを脱ぐと汗が冷えていくので体感気温が余計に下がる。
 べたりと胸あたりに触れるゾロの手だけが温かい。
 「さっきは冷たかったのに…本体とおんなじで手も役に立たねェなあ」
 「うっせぇ。前にはねェから後ろ向け」
 はいはい。
 仰向けからうつぶせになると温度が一気に逃げて本当に寒い。震えが首筋に這い上がってくる。
 「鳥肌」
 「寒ィんだよ」
 「後ろもねえなあ…」
 顔を見なくても首を傾げている様子がわかる。ゾロのそんな仕草は存外子供っぽくて結構好きなので見えないのが残念だ。
 今度は肩口から腕のあたりを調べているようだ。べたべたと熱い手が這っていくから嫌でもわかる。
 「俺ァ前回ヘマした覚えがねえんだけどなー…」
 「おし、下脱げ」
 げ。思わず顔が歪んだが従うしかないようだ。
 恥じらっても余計気持ち悪いのでさっさとズボンをおろすと、やはりゾロは真面目すぎる手つきで俺の大腿部を調べ始める。
 いくら仲間で、同性だろうと、普段晒さないようなところをじろじろ見られるのは恥ずかしいというのが本音だ。それでも体はだるくてうまく動かない。じっとしているとその視線は徐々に下がっていき膝、それから足首まで到る。
 「あん?これか?」
 見つめる先には足裏に些細な切り傷。
 その淵をなぞる指はひどく丁寧で一瞬相手が誰だかわからないような気になった。








 ウソップは思う。なぜ自分はこうもタイミングが悪いのだろうかと。
 しかもこの状況は先程以上だ。もし自分に予知能力があれば絶対にこんな場面に出くわさないように暮らすだろうに。
 余りに遅いので本当に喧嘩でもしてるんじゃないかと心配しだすチョッパーを宥めるつもりで船室に降りてきたが、誰が想像すると言うのだ、こんな光景を。
 パンツ一丁でだらしなく伸びているサンジの足を掲げるように持っているゾロ。
 なんだこりゃ。どうしたらこうなる?
 呆然としているとサンジと目が合ってしまった。
 「げ」
 その声に反応してゾロが振り向く。
 「あ?」
 俺は思わず言った。
 「お邪魔しました!」
 逃げ帰った俺の選択は正しい。



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