場に取り残された俺とゾロは何秒か沈黙していたが、それぞれが状況を理解すると顔を見合わせて嫌な顔をしてしまった。
「あいつ何か誤解してたぞ。絶対」
「…面倒くせェな」
心底からの言葉だろう。ゾロは俺の足を放り出してさっさとロッカーを漁りだした。汗をかいた服をもう一度着せるよりも着替えさせたほうが得策と判断したらしい。
「でもありゃテメェのほうが不利だぞ」
「何でだよ」
振り向きもしないで尋ねるゾロには目覚めたときに見た焦りなんか一欠片もなくて、もうすっかりいつも通り不遜な無愛想で仏頂面のマリモに戻っている。面白くないのとほっとしたのが入り交じって俺は微妙な気分だ。
だからわざと茶化してやる。
「だってよお…きっとウソップはこう思ったぜ。“病気で寝ていて無抵抗なサンジをゾロが襲ってる”って」
「はあ!?」
脊髄反射の如く返してきたゾロは心外さを隠しもしない。
思わず笑える。
「客観的な目線だろ」
投げつけられたシャツとハーフパンツを受け取って着ているうちにゾロはいなくなっていた。
よっぽど頭にきたようだ。
「ウソップいるか!!」
キッチンのドアが派手な音を立てて開き、いきりたったゾロがずかずかと入ってくる。
「ひぃいぃいいい」
震え上がるウソップは頭隠して尻隠さず、自ら居場所を知らせているようなものだ。ほぼ丸見えで椅子の影に隠れていただけだが。
やっぱりずかずかと近寄るゾロにとうとう腰が抜けたようだ。
鬼のごとく、と形容できる表情では仕方あるまい。
「どうしたのよ」
助け舟をだしてやってもゾロは気にもとめずウソップを摘まみ上げた。
「あのなあ!ありゃ傷がねェか見てただけだからな!!」
もはや白目をむいている狙撃手は何も応えない。聞こえているかどうかも怪しい。
「…ムキになるのって余計怪しく思えるものじゃないかしら?」
ロビンが火に油を注いだ。
「怪しいことがあるんだな、ゾロは」
ルフィはそれを徒に煽る。
「…ッ、怪しくねえよ!」
私は蝋でも垂らしてみようか。
「どうせサンジくんと何かあったんでしょ、怪しいようなことが」
とうとうゾロは絶句した。
そんな私たちを尻目に仕事に熱心なチョッパーはゾロの様子から状況を好転したと読んだようで、いつの間にかいなくなっていた。きっと船室に降りてコックの傷を調べるのだろう。
とにかく、ゾロをからかえるほど船の中は元に戻りつつあった。
船長に次ぐムードメーカーはやはり剣士だろうと証明される。ゾロが浮つくと船全体がふわふわしてしまうし、こんな風にゾロが焦ればこっちも不安になる。つまりこうして下らないことでムキになって怒ってるようならサンジくんは良くなりそうなのだろう。
「まったく。じゃれるのはいいけど報告が先なんじゃないの?」
釘を刺すことは忘れない。それがナミのポジションなのだから。
足の裏に切り傷があり、どうも前々回の交戦中に自らの攻撃でできたものらしい。それがこの前の戦闘で開いてそこから菌が入ったのだろうとチョッパーは言う。
「よかったよ、原因がわかって。これならちゃんと治る」
「へえ。じゃあマリモのお手柄だ」
つい茶化して言うと医者の顔したチョッパーは可愛げの無い口調をする。
「ちゃんとお礼言いなよ、俺だって見逃すかもしれないくらいだ。きっとすごく丁寧に見てくれたんだぞ、サンジのこと」
そんなのわかってるが、俺とゾロの関係というのは、礼だとか詫びるとか、そういうことには縁がないのだ。言いづらいことこの上ないというものである。
それでも。これは言うべきなのだろう。
「…わぁってるよ。ちゃんと言う」
船医の顔は見れなかった。
病状がわかろうとも急に熱が引くわけじゃないから俺はまだ朦朧としていたが、不貞腐れたような顔になりそうで見せたくなかったのだ。
サンジが回復したのはゾロとサンジが怪しいことになった、らしい日から三日後の昼。
「悪いな、すっかり寝ちまってて」
俺に向かって謝るとサンジは早速昼飯を作ってくれた。出航してから日が経っているのに肉を出してくれたあたり、すまないと思っているらしい。
「俺は別に気にしてねーぞ?よかったじゃねェか治ってよ。ゾロのおかげだな〜」
何故かゾロとサンジ両方に睨まれた。ウソップには怒られロビンには笑われた。
よくわからないのでナミに尋ねるとやっぱりよくわからないことを言われた。
「気にしてるあたりが暴露してるようなもんよね。二人とも。ルフィも食べてくれなさそう。」
ゾロとサンジ両方がお互いを指差して叫んだ。
「テメエのせいだ!」
その後に続く言葉はそれぞれ違ったんだけど俺は既に肉を食うのに一生懸命であまり聞いていなかった。二人で喧嘩していてもおかわりの要求はしっかり聞いているらしく、サンジに食い過ぎを咎められて後頭部を蹴られた。
ゴムだから痛くねーもん。
あれから。コックは無事復活を果たし、俺たちはクルーからやたらといじられている。
ウソップしか真実は知らないはずがそれに尾ヒレをつけた形で魔女たちが楽しんでいるのだ。おかげで俺たちはそれを原因に怒鳴り合ってばかり。
コックは俺が強行に出るからだ、と主張する。俺はコックが怪我を忘れるからだ、と責める。
お互いが切羽詰まったあの空間を思い出したくないのに、話題にあげられて照れ隠しに喧嘩している。しかもそれにどっちも気付いている。
正直、やってられない。
だから休戦協定を言い渡そうと思う。夜中のキッチンならば茶々を入れる輩もいないし、俺たちも比較的争う気がない。
あのときのことは忘れるべきだと。そうできないなら受け止めるべきである、と。
もしそれで無事和解できて、うまい酒でも出されたら俺はサンジに言ってやるかもしれない。
(俺は初めてテメェがいなくなる危機感を覚えて、みっともなく狼狽えて、今生きてることに感謝してる)
そんな恥ずかしいことはコックが酔っぱらってからしか言うつもりがないから晩酌会にでもならねば機会はないだろう。
(俺の血肉がテメェのメシで出来てるように。テメエのどこかも俺の何かでできてるに違いない)
どんな顔をするのか。考えるだけでも笑っちまう。
キッチンのドアを開けるとあの楽しそうな背中が見えた。
数ある可能性のうち、俺が進んだ道は正解だったようだ。
おわり
書いた日081009
長々お付き合いありがとうございました。
日常はかけがえがない。グランドラインの海賊達なら尚更。
きっとゾロはそういうことを感じて生きていると思うんだけど、普段ケンカしているサンジには鈍感な気がする。んでそれに気付いて、「あれ?こいつも大事なんじゃね?」ってハッとする話。
未満な二人です。