とにかく苦しくて呼吸が重かった、指先も動かないし全身が熱くて頭が働かない。意識もとぎれとぎれで時間感覚も壊れてしまった。
(…何回メシ作り損ねたのやら。)
微睡んでいても休息として寝ているというより保っていられないだけなので回復している気はしない。
「いつまで寝てんだチビナス、開店準備しろ!」
わかってる、と答えるつもりが声が出ずにゼフは先に店へ出て行く。着替えていかなければならない。コックコートを着て厨房に――。
「寝すぎて腐るっつったのはテメエだろ」
誰の声だ?俺はそんなこと言ったか?
額に冷たいものが触れてそれまで重くてしょうがなかった目蓋がふと軽くなった。サンジはゆっくり目をあけたが視界はぼやけてよくわからなかった。それでも、緑色だけは見えた。
「ゾロ、」
「…起こしたか」
おそらく平熱の手が心地よい。思わぬ触れ方をするものだ、とサンジは思った。このガサツな野郎でも病人くらい優しく扱えるものなのかと。そういえば航海士が倒れた時も顔にはださなかったが心配そうに付き添っていたか。それが喧嘩相手のサンジでも変わらないことに少し面食らった気分だった。
手が離れていく、それが残念でもう一度名を呼んだ。
「何だ?」
「あちィ…手ェ貸せ、冷たくてイイかんじだ」
「手?」
無骨で男らしい、努力の痕が感じられる手のひらだ。頬に冷たさが触れてサンジは息をついた。
ハッチをあけて梯子に足をかけたところで、珍しい光景に出くわした。そもそもサンジが寝込んでいるというだけでも十分にイレギュラーな事態だったが、その傍らで覗き込むゾロの図がウソップには異様に見えた。しかもいつもなら気配に聡い剣士が自分に気づいていないらしい。変だ。
(何してんだ?まさかこんな時まで喧嘩してんじゃねーだろうな)
だったら奴らは仲が悪いを通り越して仲良しさんって言ってやったほうがいいな。それかよっぽどの物好き。というか喧嘩好き。自分にはついていけない世界である。
梯子を三段降りたところで全景が見えた。
「…眠ィのか」
ウソップには手を繋いでいるように見えた。だがすぐに熱を測っているのだと思い直した。高熱で寝ているサンジだ、そっちのほうが自然である。
ゾロの声からしばらくして途切れそうな返事が聞こえる。
「ねむい、でもすぐ…おきちまう」
立っているゾロの体で塞がれているためサンジの顔は見えない。しかし常態でないことはすぐわかる。うちのコックは弱みを見られるのを嫌うからだ。
「苦しいのか?」
「…うん、」
それが、どうだ。
(子供みてェ)
普段だって特別大人ぶってるわけじゃない、むしろ少々大人げないくらいだが、少なくともゾロにだけはあんな反応はしないだろう。よっぽど体調が悪いらしい。ちょっと心配になるくらいだ。
ゾロの肩が動いた。
「…違ェよ、ほら、こっちにしろ」
右手を左手にする。そこで熱を測っているわけでもないと気づいたが、はて何をしているかピンとこない。
ウソップは相当な時間をかけてやっと床に降り立った。そーっと、足をつけて、音がしないように。しかし何をしにきたのか既に忘れてしまっているのだが。
「さっき夢みててさ。急に、おまえの声したから…誰に言ってんのかと思った」
「夢?」
「ああ、ずっと夢ん中にいるみてーだ…厨房にいるのかメリーなのか、よくわかんねェ」
こっちはまだ冷たいな。サンジが笑うように言った。
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