詳細は不明だが、二人は本当に怪しいことになっているようだ。茶々をいれようにも二人の周りには不可視の空気が纏われていてナミには中を見ることができない。迂闊に手をだせば何かに噛まれるかもしれないので遠くから様子を見ている。
 「ロビンは気にならないの?」
 「あの子たち?」
 「うん、だって、あれから変でしょ?」
 契機はサンジが復帰したころだ。それから二週間近く経つ。今までは同じ強度の刀で鍔迫り合いをするがごとく、しっかりと噛み合いながら喧嘩していた二人だった。それが片方が空回っている印象を受ける。等しく向かう力でなければ鍔迫り合いは起こらない。
 つまり二人はどこか変だ。
 「そうね、ぎくしゃくしているわね」
 「やっぱりそうよね……やっぱり本当に怪しいのかしら?」
 航海士は海を読むのが仕事だ。仲間のこころうちを読むのは仕事ではない。それはよっぽど、この考古学者のほうが得意である。と、思っているからナミは尋ねたのだがロビンは微笑むばかりだ。
 ロビンのそんな、大人なところが好きだ。
 こうしてナミが尋ねれば疑問のニ割くらいは解決してくれそうな言葉をくれるところも。
 「でも変なのはコックさんだけみたいよ。ほら」
 指さした先ではサンジが煙草を吸っていた。キッチン前。手すりに寄りかかる彼はどこかぼんやりしている。
 確かに、ここのところ一人で海を見ている姿を見かけるような気がする。
 ふらふらとのぼっていく煙は海風に吹かれてすぐに消えた。






 全部ゾロが悪い。
 サンジは知っている、自分がどうしてゾロを直視できないのかを。向き直るのが怖いのだ。開けてはいけない箱を開けてしまいそうで。
 その箱の存在に気付いてしまったのは全快した直後の夜だった。
 「少しは自分のことを考えろよ」
 会話の流れはよく覚えていない。しかしゾロは珍しく静かに窘めの言葉を口にした。いつもは文句しか言わないくせに、あまつさえサンジを気遣うようなことを言ったのだった。
 何と答えたかは忘れてしまった。
 けれどここから先は何故だかはっきりと覚えている。急に水でもぶっかけられたかのように。酔っぱらいの脳味噌でも劇的な瞬間は理解できるのだと感心するほどに、あいつの表情すらも覚えている。
 いつもの仏頂面よりも幾分かリラックスしたような面で手元のグラスに視線を落としていた。
 「テメェが死んだら困るんだよ。……変なことにならなくて、良かった」
 独白のような呟きをサンジは咄嗟に拾い上げた。
 「…それは、お前がか?」
 変な顔をしていたと思う。
 つい先日まで熱に魘されていた、その時だってこんな夢は見なかった。嫌われていると思ったことはないがお互い突き放しているのが常だったのだから。
 どこか必死な体で問うサンジに視線を合わせると、ゾロはくくくと笑った。
 「俺がお前の心配しちゃおかしいかよ」
 慣れぬ穏やかさ。とっくに酔いなんか消えていた。
 「…おかしいよな。お前が俺より先に死ぬなんて考えたことなかったんだ。だから焦った」
 苦笑する彼の顔は見たことがないものだった。
 サンジはゾロが死ぬことを考えたことなんか、いくらでもある。
 出逢った直後には死にかけた男だ。仲間になって初めて一緒に戦った時だってやばかった。死なない方がおかしいくらいだった。それから戦闘のたびに死にかけて強くなるゾロはいつだって血のにおいと怪我にまみれている。
 平和な甲板でぐうぐう寝ていても胸の大傷が知らしめるのだ。彼は大剣豪になるために命すら投げてしまえると。
 そんなやつに死ぬなというほうが無理なのだ。
 だからサンジは諦めとは別の覚悟ができている。達観とすら言えるそれは仲間が持つにしては少々冷たいと思われても仕方ないものかもしれない。しかしそうでも思わないと死に急ぐような生き方をするゾロの夢を阻んでしまいそうな、気がしていた。
 俺を置いて死ぬな。本当はそう言いたかった。
 いつだって。
 そう、いつだって傷つくゾロを見るたびにサンジは傷ついていたのだ。仲間の男が倒れるのを心配している自分も嫌で、だからといって隣から消えてしまうのも怖かった。そんな矛盾した葛藤が無意識下でサンジを苦しめた。
 けれどゾロのせいで深層にあった想いは浮上してしまった。
 「お前が先に死ぬなんて、決めんな」
 口が滑るのを止める理性の蓋はもうない。
 「テメェがいなくなったら――」
 泣きじゃくるじゃ、済まない。
 サンジの心に穴があいてしまう。
 何故か、なんて考えなくてもわかってる。
 執着の果ては知っている。





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