善良な夜



  船のコックに単細胞と馬鹿にされる彼は、確かにその通り、単純な思考しかできない。やりたければやる、やりたくなければお断り。好きなら欲しい、嫌いならいらない。白か黒か。仲間か敵か。今までそういった判断で過ごしてきた。
 だからこれも同じだったのだ。
 「どうも、てめえに惚れたみてェなんだが」
 ゾロはキッチンでエプロンをつけているコックに向かって言った。
 真夜中。酒を飲みたかったくせにゾロはバーではなくここに来た。理由は簡単、目当ての人物が居ると知っていたからだ。予想通り彼はそこで明日の仕込みをしていて、ゾロが現れたとみればちょいちょいとツマミを作って寄越した。
 そんな彼の性質的に当たり前の行動ですら、ゾロには少し嬉しくて。ついぽろっと言ってしまったのだ。言わずに居ようと思っていた本音がこぼれた。
 音は戻らない。サンジが動きを止めたせいでキッチンを沈黙が支配する。
 ゾロがフォローなり誤摩化しなり、何かを言おうとしたら、サンジが手元を見ながら言った。
 「……なんだが、って言われてもな…」
 顔を上げない彼の気持ちがわかるような気がした。サンジは困っている。ゾロはそれがわかったからこそ、誤魔化すのはやめることにした。
 今まで隠していたのは彼を困らせたくなかったからだ。仲間に面倒をかけさせるようなことではあるまい。ゾロは自分の感情を吐露すればどこかに歪みが生まれる気がしていたのだ。色恋を持ち込めば船の仲間という関係ではなくなってしまう。そうすれば他のクルーとは別の関係性ができる。複雑化するのは得ではないと知っていた。
 それでも。もう言ってしまった。
 この誰もいない真夜中に。二人しか聞いていない、秘め事のような空気がある。
 「俺は、お前に近づきたい」
 仲間の距離じゃなくもっと近い所からサンジを見てみたい。
 カウンターの向こう側で俯いたまま包丁を置く音がする。かたり、と小さな音がして、それと変わらないくらいの声でサンジは答えた。
 「ここには入ってこれねェだろ」
 確かに厨房に入るのは躊躇われる。彼の聖域に勝手に踏み入るのは余程のことがないとやりたくもない。
 ゾロが決めかねているとサンジは自ら出てきて、顔をあげた。
 「近づくな、なんて言ったことねェぞ」
 理解しかねると顔に書いてある。
 「…意味が違ェ」
 仕方なしに否定するとサンジは鼻で笑った。
 「違わねェよ」
 床と革靴の底がぶつかってこつこつと音を立てた。もともと距離は五歩も空いていなかった。それをみるみる間に詰めたサンジはゾロの本当に目の前まで来て、にやりと笑ってみせる。
 ほとんど変わらない身長だから、この距離では睨み合いも同然。今にも鼻がぶつかりそうだ。
 ゾロは息を呑んだ。ずいと寄られては後ろに下がるのが当然の反応だが、サンジはそれを許さず、ゾロの腕を掴んだからだ。
 「ほら、近ェ」
 そう言ったサンジの呼気が唇に触れる。
 そのまま、同じ場所がぶつかった。あたたかくもつめたくもなく、そこはゾロと同じような弾力を持っていたが、明らかに違うものだった。
 ゾロは衝動的に自分よりやや細身の体を掻き抱いた。細身といっても比較論だ。サンジの体にはきっちりと戦闘用の筋肉がついている。そこいらの若者よりもよっぽど逞しいくらいだ。
 「簡単なことだろ?俺はダメなんて言ったことねェんだ」
 サンジが笑うので、ゾロはついまた口を滑らせる。
 「じゃあ俺のモンになれ、俺以外に触らせんな」
 そう言ったらサンジはますます笑った。
 「正直なヤツだなテメーはよ!」
 体を離しながら自らが馬鹿にするゾロのマリモ頭をぐしゃぐしゃにする。その表情がとても楽しそうでゾロは文句も言えなかった。いや言おうとしたがその顔にみとれた。ゾロでは滅多に見ることのない全開の笑顔だったからだ。
 「素直に言やいいのに。我慢すんなイノシシ剣士。どうせ直線しか進めねェんだから」
 「…じゃあヤりてェ」
 もう一度、唇を合わせるとサンジはやっぱり笑った。





書いた日081201  勢いで書いた、ちょこっとの話