そこにはきみだけ



 試しもしないでよく言う。
 初めてサンジと寝た日。俺が放った挑発の一言。



 そんな浅はかな煽りに喧嘩っ早いサンジはまんまと乗った。まさに売り言葉に買い言葉。奴のお株を奪う口車で要領よく引き込んだ。
 その時点で「勝った」と確信。後悔させるヒマなんか与えないで奪うのみだ。
 そういうわけで俺はサンジとの間に”既成事実”を作った。
 平たく言うとヤっちまった。
 まるで手慣れた女のような口振りで誘って。


 「男なんてイイわけねェし」
 そうこぼすサンジに俺は言ってやったのだ。








 自分の体のなかに他の体が入り込む感覚は、なんというか慣れないものだった。気持ち悪いよりも違和感があって、長いはずの時間があっという間に過ぎている感覚がしたのに実際の経過時間はそうでもなくて、とにかく変だった。支配下にあるべき四肢が離れているような気がして、どこか不安で、揺らされる自分の足が遠く思えた。


 完璧にハッタリだ。俺は男とヤったことなんか一度もない。

 女に突っ込んだことはあっても突っ込まれたことなんかないってのに。






 終わって翌朝、普通に別れた。三日後、何食わぬ顔して会って二回目。それはあっちが誘った。三度目はなし崩しで。それから先は隣に居るだけで、なんとなく。
 どっちから手を伸ばそうが溶ける体は変わりない。唾液を交わして抱き合えば結局は同じだ。サンジとセックスしている、俺にはその事実が重要だから。別に女役だろうと構わない。


 俺はサンジに惚れている。






 俺たちが出会ったのはゲイバーだった。つっても俺はそこの従業員と友達だったからよく飲みに行ってただけで、“そういう”目的で利用したことはない。その友達もゲイだったが俺は男と付き合ったことは無かった。とはいえ偏見はなかったが。
 サンジも同じでストレートだ。どうも黙って連れて来られた挙げ句放ったらかされ、終始ぶつくさ言っていた。彼をそこに誘った男は両刀で、サンジにソッチの見込みがあるから連れてきた、ということだった。
 迷惑な話だが、確かに彼は見かけが良かった。それも万人並みではない、そこに居るだけで視線を持っていくタイプの人間だ。しかも中性的な顔立ちとしっかりした肩幅を持つ体格は店にいる男達には好まれる容姿だろう。
 やたら声をかけられて鬱陶しそうな顔をしていた覚えがある。
 その顔に――見とれた。
 退屈と苛立ちを隠しもしないで煙草を吸う横顔に触れてみたくなった。近寄りがたい硬質なきれいさが逆に手を伸ばしたくなる。薄暗い中で照明を反射させる金髪は余計にそう思わせた。


 声をかけて振り向いた瞳は凍り付くような灰青色をしていた。
 警戒を張り巡らせている男を無視して隣に座る。カウンター内にいる友人がちらりとこちらを見た。意味のある視線だった。
 友人は繊細で綺麗めな男が好みだと言っていたから牽制球だろう。しかし素知らぬふりをしておいた。
 「お誘いなら結構だぜ」
 男は想像通りの低い声でこちらを見ずに言う。随分とつまらなそうな調子だ。先刻から見ていればわかる。何度も粉をかけられてはすげなく断っていたようだった。
 「こいつはそういう趣味じゃないよ」
 酒を差し出しながら店員が代わりに答えた。その視線はそのはずだ、と語っている。
 「へぇ、よかった。女の子が好きなの俺だけかと思ったぜ」
 男は茶化すように笑った。


 たぶん、それがいけなかった。
 季節の過ぎない氷のような男が。花が綻ぶように笑うのを見たら。
 ずくり、と胸の奥のほうが痛くなった。


 それからどうしたか覚えていない。
 女好きを豪語する男を口説き落とすのは容易じゃないから。俺は相手の直情型な性格を逆手にとることにした。
 「男とヤるなんて気持ち悪ィじゃねえか、正気を疑うな。俺にはレディたちがいればいいぜ」
 小声で呟いた彼、俺は馬鹿にしたように言ってやる。
 「試しもしないでよく言う」
 酔っぱらっていることも相まってすぐに挑発に乗ってくれたのは計算のうちだったが、俺がヤられるのは予定外だった。






 何度目だか、忘れた。

 確か十を超えた頃だったか。フロントで鍵を貰って入ったラブホテルの一室。赤いシーツに包まりながらサンジは呟いた。蛇口から水が落ちるような寂しい声音で。
 「気持ちよければ、誰でもいいくせに」

 初めて会った日からもうすぐ一ヶ月経つ。サンジは未だに彼女がいる。俺たちは付き合っているわけじゃない。電話番号とアドレスを知っているだけだ。小さな機械だけで繋がっている関係。
 俺は好きだと言えていない。
 サンジは俺を量りきれていない。
 二人の間には言葉と理解が足りないと俺はわかっている。

 「…気持ちよければ、な」

 空調の効いた部屋のなか、二人の間につぶやきが落ちる。


 他の奴なんて触れもしねえよ。指一本ですら気持ち悪ィ。お前以外はダメだ、体温どころか接触を許す気にもならない。
 俺の中の何ひとつ、やりたくねえ。
 肉体、精液、細胞、体温すら。


 そう言ってやればサンジは俺に、俺がサンジに抱くような感情を持つのだろうか。少しはこの欲求を植え付けてやれるだろうか。
 確証が得られないから言わずにいる。
 逃がしたくはないけれど、捕まえることが正しいのか迷う。


 言葉が足りない。
 サンジはきっと遊びだと思っている。
 俺はそれを真実にするべきか、迷っている。




 この体に合うのはお前だけだ。
 この俺に嵌るのはお前だけだ。
 隣に居られるのはお前だけだ。

 ここには。



 そう言えたら、お前もそれを認めてくれるか?





書いた日080901  続きがうまく書けないのでここまで、やまもおちもなく