浅草



 初めて見た時、俺はサンジのことを外人だと思っていた。だから何を言えばいいのかわからず、何も言わなかった。会話したいとかする以前にできないと思っていたのだ。
 しかし奴は俺の沈黙――八方塞の様相で焦りながら硬直していただけだが――をばっさりと切り捨てるように完璧な日本語で問うた。
 「テメェ、喋れねェの?」と。
 その訝しげに寄せられた眉根やら何やらが俺の緊張していた意識をブチ破り、頭のどこかがぷっつんと音を立てて切れた。結果思いっきり喧嘩口調で言い返したので、俺とサンジの出会いはいきなり喧嘩だったわけだが。





 サンジは正確に言えばやっぱり外人だった。ただ日本で暮らしていることもあり、恐ろしいまでに日本語が流暢というだけだ。他の土地に居たこともありその土地の言語も使えるという。しかし幼少時にヨーロッパのどこかに住んでいたせいか変なところで文化のズレもあり、たまに食い違うことがある。
 例えばコミュニケーションでもそうだ。
 俺は必要なことくらいしか喋らなくてもいいと思っているが、あいつはそうじゃないらしく兎角そういった面で言葉や態度を使いたがる。感極まれば場所も状況も弁えずに人のことを抱きしめたりもする。もちろん本人にとっては感情の表れなのだがここは日本だ。大体の場合、変な風に見られている。と、俺は思っている。
 あいつの専門分野でこそズレはないが、俺はその食い違いの度に首を傾げるはめになるのだ。説明するのは得意じゃない。

 そしてまた、こういう場面で俺は頭を抱える。





 「なあ、これ、お前もこういうの振り回したりしねェの?」
 そう言って期待の混ざった目を向けてくる相手に何を言おうか、頭の中で考えていた。
 も、と言われても…。
 俺が普段“振り回し”ているのは竹刀だ。
 サンジが指差しているのは見た目からして違う。形状は似ているが重さも違うと思う。何より、実用じゃないとわかりそうなもんだが。
 「違ェだろ…どこで見たんだよ、ンなもん」
 それは模造刀だった。なんだか安っぽく見える柄と鞘のわりに日本刀の形状を持ってそこに鎮座していた。しかしなんだか小さいような気がする。
 「時代劇でやってたぜ?これでお前の剣道みてーな?かんじで」
 「いや、だから、剣道とチャンバラ一緒にすんな」
 「違ェの?」
 違う。何かが決定的に違う。だがどう説明すれば伝わるのか考えつかず、俺は黙りこくった。そうしているうちにサンジの興味は移り変わり、今度は”必勝”だとか日の丸だろう赤が目立つ鉢巻に目を輝かせている。
 隣には新撰組の羽織が置いてあって、俺は思わず溜息をついた。

 「外人じゃねェくせに土産物くらいで騒ぐんじゃねェよ…」



 土産物屋の並びが終わるのは随分向こうのほうだ。それまでこれは続くのだろうか。道を挟んだ対岸の店では煎餅を焼いている。きっとそれにも興味を示すのだ。ああ。
 「面倒臭ェ」
 日本かぶれの外人もどきめ。
 こういう賑わった観光地にサンジをつれてくるのはもうやめようと思った。
 「な、これもやってたぜ。カキーン、って」
 刀を捌いていたのだろう。こいつの情報源は時代劇しかないのかと半ば呆れているとそのまま店のものを見ている。
 「欲しいなら買えばいいだろうが」
 「本当はどうやって使うんだよ、これ」
 さすがに、テレビの使用方法が本来のものではないことはわかるらしい。
 奥にいる店員がくすくすと笑っているのが聞こえる。この日本語の達者な金髪男は一体どう思われているのだろう。
 「扇子っつうんだよ。団扇みてェなもんだ」
 そうして一つ手にとって扇いで見せればへえ、と感嘆する。
 「なんかいいな」
 何がだ。突っ込む前にサンジはそう高くないものを手にとって会計を済ませた。





 思ったとおり煎餅屋にしばらく引っかかり、何軒か土産物を見てから、やっと通りを抜けることができた。
 「てめえが迷わないなんて…雨降るかもな」
 「こんな真っ直ぐな道で迷うかアホ!」
 サンジの手にはよくわからない紙袋が幾つか。俺は何も持っていなかった。
 時刻はもう夕方近い。なんだか眠くなってきてもう帰ると言えばサンジは同意し、二人で同じ道を歩いた。会話は少なく、さっきまでの賑わいが嘘のように思える。
 「ああ、さっき買ったやつ、やるよ」
 「あ?」
 がさがさと取り出したのは木製の骨でできた扇子。広げれば灰色から濃紺へとグラデーションのかかった地に金色のラインが走っている。確かに先程見たものだった。
 「てめえが欲しかったんだろ?」
 「いや、お前にやろうと思ってた」
 「なんで」
 「似合ってたし。お前、剣道してる時にキモノ着てるから」
 にっこりと、笑いながら言うサンジはそのことについて何も疑っていないかのようだった。どうも、扇子は着物とセットで使うものだと思っているらしい。
 「…別に洋服でも使っていいんだぜ」
 「え、そうなの?」
 俺はまた些細なズレに頭が痛くなるような錯覚に陥った。
 いっそ日本語が全く喋れないようなら教える気も起きないのに。なんだか途轍もなく苛ついて、閉じた扇子でサンジの頭を思いっきり叩いたら、すれ違った女子中学生がくすりと笑ったのが聞こえた。





書いた日070224

仲見世通りには外国人がいっぱいいる、いかにもな土産もいっぱいある