[火種]



 駅でスーツを着込むサンジを見かけた。なぜか片手に花束。女と待ち合わせかと思ってしばらく見ていると案の定、隣にやってきたのは美女。それもかなりのレベルだ。
 サンジは女に花束を渡すと煙草をくわえる。
 火をつけようと顔をあげたところで目があった。

 (ぞろ)

 口がそう動いたと、どうしてかわかった。
 サンジの驚いている表情が停止したようにゾロの眼球には映り込む。なぜだろう。徐々に変わっているはずの風景がそこだけ切り取られている。
 ゾロの中の冷静な部分がそっと諭す。
 俺はいま確かに、この場面に遭遇して傷ついたのだ。
 もう直視できなかった。逃げ出す形でも構わないからサンジと女が一緒にいるところを見ていたくない。ゾロの弱っちい場所が壊れそうなほど軋む。絞られるような痛みのなかで俯いた。
 嫉妬を自覚するのは隠していた醜悪なものを見てしまったようで、ひどく動揺する。男が、女に、男のことで嫉妬だなんて。笑える。嗤ってしまう。

 ゾロは自分がゲイであることを悲観したりはしないが、このときばかりは何の罪もないどこかの誰かに、なぜ俺はこうなっちまったんだ、と詰ってやりたくなった。多くの人のように女を相手にしていればこんな思いはしなかったか、好きになったのが同類なら、相手がストレートでなければ、サンジがゲイだったら?

 何が変わるというのだ。俺はもう、サンジに惚れてしまったのに。
 後戻りできないくらい、諦めようがないくらい、好きなのに。
 踏み出す一歩は鉛のように重かったが、視界の中に二人を認識しているよりはずっと苦しくない。ゾロは回れ右をして駅前から姿を隠した。
 もう躊躇するのはやめようと決意しながら。確かに生まれてしまった醜い嫉妬を許しながら。