杞憂
いくらゾロでも何度も行ったサンジの家だ。迷わずに辿り着けるようになった。通り道にはバイト先だってある。閉まったシャッターを見てから件の公園を通り過ぎて見慣れたマンションに入る。茶色い外壁を見ながら階段をのぼった先、小さな呼び鈴を押した。
ピンポーン、と音がしてドアが開いたとき、ゾロは驚いて一瞬声がでなかった。
「あら」
「な、ンでテメェが」
言ったところで胸倉を引っ張られてゾロは玄関に引きずり込まれた。すばやく閉まったドアはに午前になってしまった建物に響き渡るようにバタンと音をたてた。
「あがればいいじゃない」
「……」
思わず何も言えなかった。疑っている自分が気に食わなくて、口を閉ざすくらいしかできなかった。
「サンジくーん、こいつに何とか言ってやってよ」
「んー?」
どこかから声が返ってきたがそれきり。ナミはすたすたとリビングへ行ってしまい、ゾロは仕方なく後に続いた。
「ナミさんがデザート食いたいって」
「あたしがワガママ言ったの。勘ぐらなくてもサンジくんとどうにかなったりしないわ」
ナミは呆れを通り越して怒った調子だ。ゾロだって、頭ではわかっているのだ。一度別れた二人、しかもサンジとナミがどうにか――復縁を含めた関係性になるとは思い難い。どちらもそのつもりがない。遊びでも間違いでも、そんな理由がない。そして二人はそこまで不義理な人間でもない。知っているのにゾロはどこか納得できなかった。
「座ってろよ。お前にもちゃんとやるから」
渋々ダイニングテーブルにつくと間もなくして二皿置かれた。その間、ゾロは一言も喋らなかった。ナミも黙っていた。
「みかん風味のミルクレープです。どうぞ、召し上がれ」
薄い皮が重なったような外見のケーキだ。細いフォークで刺すと崩れながらばらけてしまう。崩れているものをもう一度突き刺して食べると確かに柑橘の匂いと味がした。
「ん、おいし」
ナミはご満悦だ。ゾロはもう一口すくって食べようとしたがやっぱりばらけた。
「崩れる…」
「こんなに出来がいいの食べてボロボロになるのはゾロが不器用だからでしょ」
ケーキの食べ方くらいで不器用とまで言われては心外だ。サンジと比べては分が悪いとはいえ実生活で困るほど不器用でもない。ゾロは意地になってもう一度ケーキを刺したが上手くいかず、それでもそのまま食べた。
「あーあー……。何やってんだよ、ほら」
ゾロの手からフォークを奪い取って、目の前の塊をさくりと割る。サンジはその小さくなった欠片を刺してゾロの口に突っ込んだ。
「んむ」
「縦に刺すからいけねェんだ。横にして押し切ってやればいい」
「…おお」
「ガキじゃねえんだから、自分で食え」
確かに、言われた通りやってみると崩れずに切れる。それをすくってやるなり刺すなりすればまとまった状態のまま口に入れることができた。こぼれることもない。
ミルクレープはすぐになくなった。いつの間にか用意された紅茶を飲んでいる頃にはゾロはもやもやした気持ちなどすっかり忘れていたのだった。
もともと本気で疑っていたのではなく上辺での嫉妬だったのかもしれない。現実が事実とは限らない。目に見えた事が正義なら世界はもっと簡単に回るだろう。
「ふん、馬鹿らしい」
ナミとサンジは別れてからも仲がいい。ナミはちょくちょくバラティエに行くし、サンジだって急に家に押し掛けてくるナミを笑って歓待する。料金よりもサービスが良くなるとか女好きとかを差し置いても互いのことを考えているのは一目瞭然だ。
良い友人関係である二人に嫉妬してどうする。
ゾロは急に白けた気分に落ち着き、紅茶を飲み干す。同時にカップを空けたナミのぶんと一緒に、サンジがおかわりを注ぎ足した。