[春(あいする)]



 バイトの子はよく働いている。今朝もロビンよりも先に来て仕入れの準備をしていた。このぶんなら経理関係を教えてみてもいいかもしれない。
 今日は出版社に午後から行く予定があったので朝から店の方に出ていたロビンはガラス戸に映った影にふと顔を上げた。
 「あら、コックさん」
 「ロビンちゃん!久しぶりだね、今日は仕事じゃないのかい?」
 「ええ、お昼からなの」
 スツールを引っ張りだして腰掛けたサンジはくわえていた煙草を置いてあった灰皿で消した。そうして懐から取り出した箱からまた一本取り出す。火をつけるその仕草は慣れきっているものだ。それすら久しぶりに見たような気がしてロビンは目を細める。
 会わなかったのは一週間もなかったはずだが二人には実際よりも長く感じていた。ロビンはふと思い出して後ろを向いた。
 「紹介するわね。アルバイトとして働いてもらうことになったゾロよ」

 彼はちょうど奥のブースから花の生けてあるポットを抱えて戻ってきたところだった。力がある彼には水の入った容器は些細なものでしかないらしい。
 表情を出すことが少ないが感情がないわけではない。事実ゾロは少しだけ笑っていた。
 でもロビンは彼が楽しそうに笑ったところを見たことがなかった。初めて店に来たときも面接をしたときも、こうして働き始めてからもにこりとしたことはなかった。けれどそんな彼が口元をつり上げていた。
 「え、っと」
 「紹介はいらねえよ」
 後ろでサンジの声がしたが、それにかぶせるようにゾロの声が続いた。低い、ともすれば不機嫌そうにすら聞こえる声音だったがその顔を見ればそうでないのは明らかだ。
 「俺らは知り合いだ、初日にここで会った」
 すたすたと歩いてゾロはサンジの目の前のステンレス台に手をついた。サンジの目線はそれを追って少し上を向く。
 「なあ」
 そうして問いかけの調子で顔を覗き込むゾロと弱い笑みを浮かべるサンジ。表情自体は常時とそう変わらなかったが長い付き合いのロビンにはわかる。彼は困っていた。けれどゾロはまったく意に介していない。
 確かに初対面ではなさそうなのだが、旧知の仲にも見えない。
 様子を窺っているとゾロがサンジの煙草を横取りして、すっと顔を近づける。

 ロビンは思わず息を呑んだ。物事に動じない性格であるのは自分でもよくわかっている、そんなロビンが目の前の出来事に怯んでしまった。
 「…そういう、知り合いだったの」
 やっぱり困った顔をしたまま、何事もなかったように唇に差し込まれた煙草を一息吸い込むと、ため息のように吐き出して言った。
 「これが、俺のかわいい奴」
 そんなサンジの様子にゾロは遂に声を出して笑っていた。