[初めての]



 サンジは大分驚いているようだった。くわえている煙草を口から離すこともせず、そのまま煙を漏らしていた。
 確かにゾロは新しいバイトが花屋だとは伝えていなかった。ゾロにとってバイトの職種など大した問題ではなかったしサンジがそんなことにこだわるようにも思えなかったからだ。当然もしも彼が嫌がるならば止めただろうが。そんな瑣末なことを気にはしないだろう。
 だからゾロには何故そんなに驚いているのかわからない。だがそれよりもずっと気になることがあった。
 「なんで、てめえは店長の名前知ってんだよ」
 もちろん気になったのは彼の交友関係だ。店長は美醜に無頓着なゾロですら判別できる美人だった。それをサンジが知っている理由など一つしかあるまい。
 「口説きに来たのか?」
 皮肉として出た言葉は刺さるような棘を持っていた。自分自身で痛々しいとすら思ったけれど口に出さずにはいられなかった。
 なにせ、サンジはゾロにとって失い難い相手なのだから。どう足掻いたって逃がしたくはない。そう思いながら嫉妬に頭のすみが焦げるような気がしていた。

 けれどそんなゾロの焦燥には関わらず、サンジは澄んだ目を向けた。
 「ロビンちゃんを?お前を?」
 はぐらかしているのか、考える数瞬も与えないまま言葉は続いた。
 「まあ、どっちもねェけどな。バイト知らなかったし、ロビンちゃんは長い付き合いだ、そういうんじゃねェ」
 ぷらぷら手を振りながらその辺りにあったスツールに腰掛ける。惑いのない様子はその位置を把握していると見て取れた。
 それにまた疑いを感じて、ゾロの口調は余計に尖った。
 「…信用なるか、てめえみてェな女ったらし」
 そんなつまらない台詞を吐いたのは、初めてだった。今までの相手の誰にだってそんな言葉を投げたことはない。ゾロは自分から出たものに驚いて思わず下を向く。花にしたたる水で濡れてしまった手を鬱陶しく感じるほどに、サンジの口が開くまでに時間の距離を感じた。その間にもぽたりぽたりと水は垂れていた。

 「ロビンちゃんは仕事行ったのか?」
 平常な調子の声だった。ゾロはその目を見れないまま口先だけで返事をする。
 「ああ…」
 「俺ァ彼女と浮気なんかできる気しねェよ」
 唐突な言葉に顔をあげてサンジの目を見る。それはじっとゾロを見ていた。恐らく下を向いている間もそれはこちらを見ていたのだろう。真実味を感じる強さだった。
 「なんでだ」
 ゾロはやはり初めて思ったが、言葉は実に軽いものだ。内心の極度の緊迫感や覚悟などたった四音の中にはほとんど混じっていないように聞こえるだろう。ただ尋ねるだけのその四音がゾロの、サンジへの期待や恐怖すべてがこもっているようには、到底聞こえない。
 そしてゾロはそんな重い気持ちを込めた言葉を口にするのは初めてだった。