[薬はない]
ゾロは苦々しく言った。
「奴にうつつを抜かして弱くなるなんざ、プライドに障るんだよ」
昼飯に誘われた時に断ったくせにやっぱりバラティエに居るのだから、十分障っている。今まで誰かによって剣が鈍ったりはしなかった。初めての感覚に戸惑っていることが疎ましく、ゾロは厨房のほうを見る事ができなかった。
それはサンジを意識しすぎないようにする意味での自制もあったが、カミングアウトした直後におめおめと来ることに不安があったせいだ。コウシロウに叱られた上にゼフにまで叱られたらゾロは窮地だ。情けないにもほどがある。
ランチタイムは書き入れ時であり、もちろん副料理長であるサンジは顔を見せることもできない。ウエイターは澄まし顔だが忙しそうなことは見て取れた。彼が置いたサラダボウルをナミが取り分ける。
「ま。初恋に振り回されるのも新鮮でいいんじゃない?」
「いいわけあるか」
「まったく…アンタ、もうちょっと人生楽しんだほうがいいわよ」
ナミの溜息と同時にゾロの後ろでこつりと音がした。
「あっナミさぁーん、来てたんだ」
誰のものでもない、サンジの足音だ。そうわかっていて振り向かなかった。
「この前の借金で?」
「うん、でもかわいそうだから今日で勘弁してあげるわ。こいつってば病気なのよ」
サンジは向かいあって座る二人の間で空いた皿を両手に山のように乗せていた。常人ならすぐに落としてしまいそうな量だ。大したバランス感覚である。
「病気って…」
深刻そうな顔をするもんだからゾロは首を振る。そんな覚えはない。
「サンジくんと一緒にいるとだめになるとか言ってんのよ?バカにつける薬はないっての」
呆れた口調のナミはぱくぱくとサラダを口に運ぶ。ゾロは居たたまれなさに下を向いた。皿に取り分けられた菜っ葉をフォークで突き刺してみる。黒いソースが少し酸っぱくて一緒に盛られた鶏肉が美味い。
「……何、それ」
あんまり弱々しい声がしたもんだからゾロはサンジを見上げた。
サンジは両手が塞がっているもんだから何もできないまま、赤面を晒していた。地が白いもんだから薄ら赤いのがよくわかる。
「あらら、サンジくんもなの?どうしようもないわね〜」
ナミは一層呆れた様子だった。