[遠くなる]
出勤前の一時、サンジはロビンの店に寄った。そしてガラスに内側から貼られた紙を見て、三十秒ほど立ち止まった。
「バイト雇うことにしたんだね」
店の中では切り花を束ねているロビンがいた。長めの黒髪をひとつに纏めている姿にサンジはちょっぴりときめいてしまう。美人にはまったく勝てる気がしない。その魅力の前では骨抜きになって屈服するくらいしかサンジにできることはないのだ。
「ええ。いつまで働くか決めてないから、店を畳むつもりはないの」
サンジはコックの修練は積んできているが経営のことは大して詳しくない。いつかは覚えなければならないことだが、いかんせん料理よりも興味度が落ちるせいか頭に入らないのが現実だ。だから店を経営していく厳しさについてジジイの背中を見てきた程度のことしかわからないが、一人で店を切り盛りしているロビンの働きぶりは透けて見えた。
「営業時間は?」
「入ってくれる人によるわね」
「あー…そうか、これからはいつでもロビンちゃんに会えるわけじゃないんだな…」
この店の扉を開けたとき振り向くのが彼女ではなく、他の誰かになってしまう。それを想像するとサンジの胸は簡単に寂しさでいっぱいになった。軽く溜息をつくとそれを見咎めたロビンは少し笑ってスツールに腰掛ける。
仕事は継続中らしくそのまま伝票を書き始めたのを見て、サンジは顔を見られないのをいいことにありったけの気持ちを込めて言った。
「さみしいな」
その顔は子供っぽくて情けないだろう。
「できれば男じゃなくて可愛い女の子だったらマシかも」
そんな風に茶化す頃には湿っぽさなど隠してしまっていたが。