[邂逅]
こうなったら腹をくくるしかない。
ゾロの手を引いた。階段を降りるあいだ頭のどこかが痛いような気がしたが健康体のサンジだから気のせいだと思うしかない。階下では相変わらずの喧噪だ。いつもの戦場のようながなり声と作業音に混じって大声の噂話が飛び交っている。それこそ戦場みたいだ、とサンジは思った。
黙ってついてくるゾロの心持ちを思ったが、黙ってるんだからいいんだろうと勝手に決める。
「おい、テメェら、下らねえ推論立ててんじゃねーよ」
シンとする一部とサンジを見た途端に爆笑する例の二人。
パティとカルネだ。
「立てるだろ普通!おめェが男に走るなんざ天変地異の前触れか!?」
「お前、まさか、不治の病とかじゃあ…」
「馬ァ鹿!こいつがンなことあるか!」
「じゃあ腐ったモンでも食ったか?ホントに頭ン中サバになっちまったか?」
ひどい言われようだ。後ろでゾロが吹いた。
「俺が男に走っちゃマズいかよ。つーかサバ並なのはテメェらだけだ」
煙草に火をつけたら厨房の角からきつい視線を感じて顔をあげる。そこにはサンジの唯一の肉親であるゼフがいた。こちらを睨みつける表情は厳しい。生半可な輩なら裸足で逃げ出すだろうが、そこはサンジだ。家を出ても職場がここだから嫌でもこの顔を毎日見てきた。今更怯むはずもない。
「ンだよ」
「そいつが相手か」
厳めしい面のままつかつかと近づいてきて腕組みをする。ゾロをちらりと見た。サンジが頷くと周りにいたコックたちがざわついた。興味津々のようだ。
横でゾロが真っすぐ立った。その直立不動のさまにサンジは少し見蕩れてしまう。体育会系のきっちりとした立ち方はゾロの芯のあるかんじに似合っている。剣道は礼節を重んじるのだと聞いた事があるから余計なのかもしれない。
「ロロノア・ゾロです」
ぴしり、と綺麗に礼をした。そうしていつもの仏頂面をあげた。
「いい男だろ?」
サンジは本心からそう言った。毎日毎日この厨房でしのぎを削るように働いている奴らに見せたってまるで恥じるところのない男だと思う。見てくれは悪くないし、何より心が漢前だ。男にまるで興味のない自分ですらそう思うのだから他の奴なら男惚れくらいするだろう、とサンジは思っている。
「ああ」
ゼフは腕組みをしたまま頷いた。
そこでサンジは内心首を傾げたが、たまにはすんなりしてるじゃねーか、くらいにしか思わなかった。
そうしたらゼフは驚くべき行動に出た。ゼフの普段の乱行を身で感じているサンジですらちょっと驚いた。
「ッてぇ!!」
ゼフはゾロの頭を平手でばしんと音がするくらい叩いたのだ。
「へっ?」
思わずサンジは変な声を出した。
驚いた理由は二つある。一つは初対面の相手をいきなり殴ったこと。これはゼフの性格ならやりかねないのだが、二つ目の理由と合わせると驚くべきことだ。
サンジに向かって喧嘩に手を使わず足を使うことを教えたのは当のゼフである。実際ゼフは教育的指導――サンジが小さい頃から道義に反する事や料理の事では殴ってきかせるのがゼフのやりかただった――以外では手を使わない。
だからサンジは驚いた。それこそ対処ができないほどに。
「てめえ、真面目なつもりか」
立ち直ったゾロとゼフは睨み合っている。否、ゼフのほうが優位だから、ゾロが睨みつけられている。
「……はい。お父さんには申し訳ありませんが」
呆気にとられていたコックたちが今度は吹き出した。サンジも一瞬だけ顔が引き攣った。
「ゾロ、違ェ」
サンジが訂正する前にゼフが苦々しく言った。
「…おれはこいつの親代わりのゼフってんだ。次そう呼んだら蹴り倒す、覚えとくんだな」
それだけ言って厨房中を怒鳴りつけた。
「いつまで客待たしてんだ!テメエら全員バターソテーにするぞ!」