[単純な男]
「サンジいるか!」
今朝まで聞いていたはずの声が遠くから響いてきてサンジはぎくりとした。
「おいおい、テメェまたチンピラの恨みでも買ったのかよ」
カルネの茶化しに答える言葉はなかった。あれが誕生日を過ごした恋人です、とは言えまい。
「チビナス!さっさと片付けてこい、客に迷惑だ」
はいはい。サンジは片手で返事をしながら考えていた。
何かゾロを怒らせるようなことをしただろうか。昼頃、仕事に行くからとさっさと追い出したのがまずかったか?だがあれ以上一緒にいたら仕事に行く体力も尽きそうだったのだ。仕方あるまい。サンジはそう勝手に納得しておく。
フロアには仁王立ちする男とざわつく客と狼狽える新人ウエイターがいた。サンジがが出てきたのを見ると各々違った表情を見せた。男は睨みつけてきたし、客はケンカが始まるんだと思って野次馬根性まるだしになり、ウエイターは助けを求めている。
「悪ィな、平気だから仕事続けろ」
これにも片手をぷらぷらと振ってみせる。
そして目の前に立つ男と対峙した。
「よお、メシ食いにきたわけじゃなさそうだが…もう俺が恋しくなっちまったか。まだ六時間も経ってねーぞ?」
「てめえ、何で黙ってた!」
「あ?」
「昨日!」
単語で喋るな、と喧嘩腰のゾロに言い返そうとしたがそれより先に意味が理解できてしまった。
「あー」
何て言っていいかわからずさっきと同じ音でも意味の違う声をだしてみる。とりあえずフロアで痴話喧嘩も具合がよろしくない。ゾロの片腕を引っ掴んで店を出た。そのまま裏口に回って階段をのぼる。かんかんかんと足音が響くあいだもゾロは何も言わなかった。
バラティエはサンジの実家だ。レストランと厨房とスタッフルームが一階にあり、住居階層はその上の二階と三階。裏口から厨房に入っても上にあがれる階段はあるのだが、生活空間に直接来訪者があってもいいように外にも金属階段がついている仕様だ。ちなみに、もちろん上階にも並以上のキッチンがついている。
今は住んでいないがサンジの部屋は三階だ。そこは部屋主がいなくなった今もそのままになっている、だからベッドも多少の着替えも置いてある。けれどそこまでは行かなかった。
いや行けなかった。ゾロに抱きしめられたからだ。玄関の三和土の時点でサンジはもう動けなくなっている。
「わりィ、気付かなかった、誕生日なんて」
肩口に顔を埋めて喋るもんだからこもって聞こえにくい。そのうえ息が首にあたってサンジは少しだけ今朝のことを思い出す。
「黙ってたんじゃなくて、言うタイミングが無かったんだって」
どうもそれが怒りの原因らしいからサンジは取り繕ってみた。本当のことだ。ケーキを食べ終わったくらいには言うような流れじゃなくなっていて気付いたら事の真っ最中だ。言えるわけもない。朝になれば過ぎたこと、もういいかと勝手に一段落ついたような気分になっていた。
「ナミさんから聞いたの?」
「誕生日だからケーキだったのか?」
質問しあっていては話が進まない。うん、と頷くとますますゾロは腕に力を込めた。後頭部をぐりぐりと掻き混ぜられてサンジは思わず笑った。
「うまかったろ?」
今度はゾロがうん、と頷いた。それを聞いて思わず笑ってしまう。
素直なその感想ひとつでいっぺんに気が晴れてしまう俺はなんてお手軽なんだろう。
体の違和感も忘れる。予定外のことばかり起きた一年に一度の誕生日のことだって、もうサンジには大した意味を持たない。
それよりもゾロが自分のつくったケーキを喜んでくれた、そのことばかりが心の中に落ちた。
ケーキをあなたに