[恋を知る]
きれいな水仙が店に入った。
『あとで店に寄ってくれないかしら。あなたにあげたい花があるの』
メールをしてから数時間、サンジは少し寝ぼけた顔をしていた。それが珍しくてロビンは日中でも寒いというのに綻ぶように微笑んでしまう。
今日は彼の働くレストランの定休日だから、当然副料理長であるサンジも週に一度の休日である。そして彼は休みの日でも怠惰に過ごすことは少ない。買い物に出掛けたり散歩をしたり個人的に料理を作ってみたりと、何かしら活動するのだ。ロビンの店で無駄にお茶をしていることもある。だからロビンは夕方でもいいから顔を出してほしい、という意味で呼んだつもりだったのだが。
「そんなに慌てることないのに」
「いや、今朝まで家で飲んでたから…つい寝ちゃってさ、メールで起きたんだ」
コーヒー党のロビンと違って彼は紅茶党だ。立ち上がってティーセットを用意するとふらふらとサンジが手元を覗き込んだ。
「俺がやるよ」
「いいわ。お酒抜けてないんでしょう?たまにはやらせて」
またふらふらとスツールの上に戻った彼は図星のようで、項垂れているしいつも色白な顔に血の気がない。
人並み以上には酒に強い彼が翌日に響くほど飲んだらしい。酒豪につられでもしたのだろうか。
そういえば彼のこの間まで付き合っていた彼女は相当な酒豪らしいが、その子とだろうか。
考えてからロビンは首をひねった。別れた彼女と二人きりで家に居て酒盛り、というのは何とも彼らしくない、ような。
紅茶を差し出すとサンジはそっと口をつけた。赤い湖畔に波紋ができる。
「度を過ぎるなんて余程楽しかったのね」
「まあ…途中から記憶がないけど、楽しかったんじゃないかな」
そんなに飲んだのなら起きるのも辛かっただろうに。それでもここに来てくれるのだ。彼の優しさがロビンには好ましい。
「お友達なの?」
「ああ、前の彼女の友達なんだ」
ロビンはどこか引っかかる。自分の友達ではなくて?
「女の子?」
サンジは紅茶から目線をあげた。
「ん?男だよ。俺と同い年の」
彼と知り合ってから何年も経つ。だから彼の交友関係もそれなりに知っているがロビンが思いつく限り、彼には友達という関係が少ない。女性ならば誰でも口説いてしまうし別れればさっぱりとしたものでそれから会ったりは基本的にしない。男性は同僚や知り合い程度の付き合いばかりで友人関係にはなれないようだった。なにしろ彼は認める人間にしか決して自分自身を見せない。警戒心が強いのだ。女という土台がなければ彼の心にはちょっとやそっとじゃ届きやしない。
自分が彼に心を許されていることがロビンには誇りに思えた。
「珍しいのね」
彼は何故か年上の人間ばかりと接している。同僚や店の常連など、可愛がる人間はいても同格の友人が足りていないのだ。だから年齢よりも大人びて生きているのにその真ん中はいつまでたっても甘やかされる子供のまま。そのギャップが彼の魅力なのだと、大人なロビンは思うのだが。
ロビンの台詞にどう思ったのかサンジは首を傾げてみせる。
「ああ…俺もそう思ってるところ」
「コックさんが男の子と仲良くするなんて、気に入ってるのね」
深酒のせいかとろみを帯びたサンジの瞳がはっきりと覚醒する。
「確かに珍しいよな、俺が男に…興味あるなんてさ」
その目の強さを真っ正面から見てしまったロビンはサンジが変わった瞬間を見たのと同じだった。湖底に沈む宝石を探し当てたように煌めいて、ロビンの手の中からさらりとこぼれ落ちる。
「しかもかわいいなんて思っちまった」
はっきりと、愛し子が撫でてやれるところから出て行ってしまったと、知る。
ロビンはその横顔に恋の前兆を見る。
おとうとの変化