或る暑い日陰にて
うざい。
退いてくれ。
頼むから。
ここは夏島海域である。ついさっきサニー号は気温が体温を超えるような島を出て航海の真っ最中だ。海風は吹いているものの湿気が多いせいで立っているだけでも汗が滲んでくる陽気にクルーたちは辟易していた。
もちろんそれはゾロも例外でない。いくら鉄面皮と言われるほど外界気温変化に強いゾロであろうともだらだら汗を流し、じりじりと蒸される心地に寝ることもうまくできずにいる。
なのでとりあえず冷たそうなバーの床に体表面をなるべく貼付けるようにして寝転んでいた。水槽には船長を筆頭にした面々が暑さに耐えきれず潜っている。
それを横目で眺めながらゾロはためいきをついた。その吐く息すら熱い。
なんてうぜぇんだ。
うざいのは暑さだけではない。
「なーゾロー、起きろよ、相手しろよ、無視すんなよ」
こっちのほうが温度よりもうぜぇ。
サンジはこの暑さに対してどうも反応が鈍いらしかった。いつものように女たちに飲み物を、ガキ共とガイコツには冷菓を、ロボにはキンキンに冷やしたコーラ、そしてゾロには冷酒をくれた。喉越しのいいそれを飲んでいるときは良かった。
「すっきりしてていいだろ」
「おう。飲みやすい」
ゾロは機嫌良く酒をあおっていた。
流石に普段の長袖ではなく、サンジは柄物の半袖シャツを腹が見えそうなくらい開け、下は薄い色のハーフパンツだ。それでも暑いのか首筋には汗をかいている。
それなのにわざわざゾロの近くに座った。その時点で何か嫌な予感はした。けれどゾロは暑さにだらけていた上、酒に釘付けだった。冷えた酒瓶にうつつを抜かし特に移動しようとは思わなかったのがこの事態を招いている。
「ゴム見てて何か楽しいかよ、寝てねェんだろうが」
ベチン、と側頭部を叩かれてゾロのどこかがぶちりと切れた。
「だぁぁああテメェうっぜーんだよ暑ィんだから構ってくんなクソコック!!」
あまりの大声にガラスの向こうでチョッパーが驚いていたが知ったことか。ゾロは苛立つままにサンジの胸倉を掴んで揺さぶった。脳震盪でも起こしてしまえ、それでうっかり静かになれば人口密度が減って少しは涼しくなる――そうまで考えるほど脳に熱が回っていた。
寄せた顔やら首からはだらだらと汗が垂れているくせに相変わらず前髪は上げようとしない。ゾロだって腹巻きを外しているのに、そこは変えられないらしい。
「おめェでも暑いとかあんのな。マリモなんだからあいつらみてェに水に潜ってりゃいいのに」
「アホか!俺ァ暑ィし眠いんだよ!だから転がってんだろうが!」
それを聞いてサンジは馬鹿にしたように声をあげて笑った。
「あっはっは!アルコールが入って体温上がってやがる」
ぶちり。またもやどこかが切れる音を聞いた気がしてゾロは拳を握った。
そして殴るために振りかぶった。
「おっと」
しかし外れた。バランスが崩れた上にサンジに引っ張られ、ゾロはまたも床に伏せることとなった。
「おいおい、床と仲良くするなら俺としろよ」
そこにのしかかられてゾロはますます床と仲良くなる羽目になる。床は冷たい。けれどそれ以上に背中の男が熱い。
「退け……」
「やだね。テメェが参ってんのなんてつけいらない理由がねェ、ざまーみろ」
べったりくっつかれて暑さは倍増。しかも相手はコックだ。うざいことこの上ない。
重い。暑い。邪魔だ。しかも煙草なんか吸い始めた。何様だこいつ。っつーか寝れねェだろうが。
退けよ。
言う気力も無かった。
暑い。
昔、道場にいたころ、夏は苦手だった。練習をすれば滝のように汗がでて手が滑るし目に入ってうざったい。熱射病になるからとこまめに休憩を取らなければならないので稽古の時間が減るのも嫌だった。涼しい夜に外で素振りをすれば蚊に食われ、中で打ち合えば蒸し暑い。
ゾロのサイクルは今も昔も鍛錬を中心に回っているのでそれを阻害するものは嫌いなのだ。
「心頭滅却すれば、火もまた涼し」
先生もくいなもそう言った。ゾロもそう思う。何事も自分次第だ。涼しいと思えば火も我慢できよう。
しかしそれは我慢する時にするものであって、昼寝をする時には無理な我慢など活用したくもない。
いくら我慢強いゾロだって、暑いもんは暑いのである。我慢なんか好きでやってるわけじゃないのだ。
「頼むから、退け…」
寿司のネタのようにゾロの上に寝そべりながらサンジは煙草を吸っている。煙が流れてくるので見えなくてもわかった。
お互い半袖に半ズボンなので触れる肌が気持ち悪い。熱を持っている上に汗で滑るのでなるべく足は離した。
「ヤーだね」
この女好きが男に張り付いているのは、やはり暑さで頭をやられているのかもしれない。
「すっげェ汗だな。脱水起こすなよ」
サンジが首に触れた。
「お」
一瞬だけ、冷たかったそれはすぐに感じなくなる。こんなに熱が上がっていてもやはり個々の体温は違うらしい。しかもサンジはゾロより冷たいようだと気付く。
「おれ暑ィのは平気なんだよなー」
体温が低いくせにか、と思ったが尋ねることはしなかった。
「厨房で火を使ってる時の方が暑いからな」
ああ、なるほど。心のうちだけで相槌を打つがサンジは聞こえているかのように話を続ける。
「集中してりゃ感じねェもんだよな、熱さとか痛みとか」
確かに、ゾロも戦っている時は痛覚など大して気にしていない。痛くても放っておけるが平時になれば別だ。治療で縫うときなんかは痛いと感じる。
鍛錬の時に汗が気にならないように、サンジも厨房での汗は気にならないのだろう。
戦うときのゾロ、料理をするサンジ。二つは似ているように思えた。
「てめえはコックだからな」
それくらいしか声にする気力はない。そもそも上にくっついている男も引き剥がせないのだ。口下手なゾロには喋ることも動くこともそう変わらない。
しかしまた、サンジはゾロの心を読んだように勝手に返事をした。
「テメェは剣士だからな。戦う時だけ集中してろ。水分補給なんざ気にすんな」
すい、と背中が涼しくなった。
頭を向けるとサンジがどこかへ去っていく。ゾロは自分の汗がついているだろうその足首を見ていた。
こんなに暑くても革靴を履いている、その脚はやはり、サンジだからなのだろうと思う。
「ほいよ、これでも飲んどけ」
数分後、帰ってきたサンジに渡されたソーダ水はやはり喉越しがよくて、ゾロはまたそれに釘付けになっていた。
もとにもどる。完。
書いた日090623 どうしたって融け合わない二人
鶏肋さまへ。物理的にべたべたしました。