サンデー
雷門中サッカー部は基本的に成績がよくない。その筆頭が円堂で、学年でも相当ひどい部類だった。自分でもそれはわかっているらしくテスト前になると泣きついてくるのが毎回の習慣になっていた。
当然今回の中間テストでも円堂が焦っているのは傍目からでもわかっていた。平気か、と問わなくても答えはわかっている。NOだ。
だから言われる前に言ったのだ。
「円堂、勉強会をしよう」
自分の復習をするついでに教えてやればいいだけだ。とはいっても相手は円堂である。自分と同じスピードでやっても理解するはずがない。俺は助っ人に成績のいい豪炎寺を呼んだ。
豪炎寺は普段の授業を聞いているくらいであとは気が向いた時に教科書を眺める程度に勉強をしているのだという。テスト前になると部活は休止期間になるがその間にも自主練をするため、直前だからといって勉強量を増やしたりはしないらしい。まさに文武両道。スポーツマンの鏡と言えた。
そういうわけで勉強会をする必要は無いのだが円堂の家庭教師にはうってつけだと思い、二人掛かりで相手をすることにした。
テスト期間内の日曜日、俺は円堂の家に出向いた。手ぶらで行くのもどうかと思ったので途中で飲み物でも買って行こうと思い、適当なスーパーに入った。
じりじりと蒸し暑い外と違ってスーパーマーケットは冷房のおかげで涼しい。滲んでいた汗が引いていくのを感じながら、俺は目当ての棚を探した。
冷えた飲料水が並んでいるのが見える。それと同時にそこの前に立っている見覚えのある後ろ姿も視界に入った。
特徴的な髪型。Tシャツにタンクトップを重ね着しているのは以前愛媛でも見た――そうだ、あれは。
「不動」
声に出すと確信できた。同時に背中は振り向いた。
「あれ?鬼道ちゃん」
不動はペットボトルを一本持っている。水滴が付いたスポーツドリンク。俺は扉をあけて二リットルの大きなペットボトルを取り出す。
「おぼっちゃんがスーパーって似合わねぇな。何してんだよ?」
しゃがむ俺を見下ろしながら不動はニヤニヤと笑った。イナズマジャパンですっかりその態度に慣れてしまった俺は大して不快にも思わずに立ち上がる。
「円堂の家に行くところだ」
「へえ、仲良しだなァ。それで?手土産?」
頷くついでに嫌味でも言ってみるか。
「お前も来るか?」
答えなんてわかっていたがこちらもニヤリと笑ってやる。嫌な顔して即断るだろうと思っていたが、意外にも不動は眉をあげただけだった。
「何しに」
予想外の返答。俺はむしろちょっと困って正直なことしか思いつかなかった。
「勉強しに。テストが近いんだ」
「あー、うちはまだだ。それに俺、これでも頭イイんでね。必要ねーなァ」
不動は帝国学園に通っている。そういえば佐久間のメールでもテストとは言っていなかった。それに必要ないというのも真実味がある話だった。なにせこいつは不動明王だ。かなり頭が切れることはとっくに承知済みである。
「そうか」
俺は納得し、会話も一段落したので別れようと思っていた。だがその考えは次の不動の提案のせいで変更になる。
「なあ、アイス食わねぇ?」
俺たちは凍った陳列ケースの前に居た。
「ほんとに奢ってくれんの?」
ここまで来る間に俺はアイスを奢ることになってしまっていた。別に問題はないが言い出したくせに不動のほうが気にしているらしい。この質問はこれで三度目である。
「ああ。………俺はこれにする」
小さめのカップアイス。ドアを開けて手を突っ込むとひんやりとした空気に晒される。カップは少し湿っていた。
「鬼道クンってやっぱ金持ちなんだな。俺にはねーな、その選択肢」
確かに俺は味と見た目で選んだので値段のことは考えていなかった。少しだけ恥ずかしく思ったが不動の言うことには反感があった。
「どうせ俺が払うんだ。値段を気にしないで好きなものを食べればいいだろう」
大体気を遣うようなことはない。俺たちは一度は同じチームとして生活していたのだし見ず知らずの他人ではない。真・帝国として会った時のように無闇に敵対心を持っているわけでもない。ましてや俺が奢ると許可を出したのだ。不動が気を遣う道理はなかった。
それでも、不動が手にしたのは一番安い棒付きのアイスだった。
「俺はコレでいーわ」
会計を済ませて外に出るとまた強い日差しが肌に突き刺さる。俺はゴーグルをしているのでわからないがこの分だとかなり眩しそうだ。
「鬼道クンこっち」
スーパーのカートを置いてある辺りは庇のおかげで日陰になっていた。不動はそっちに行くと俺に手招きをする。
ばりばりと袋を破いてソーダ味の塊を取り出すと不動は勢いよくかぶりつく。齧りながら食べていく様は取られまいと焦っているようにも見えた。
俺も倣って蓋を取る。
あとは二人とも無言で食べた。隣からはしゃくしゃくと音がして目の前では駐車場の車が行き来する。陽は当たってなくても気温が高いのは変わらずじりじりと暑い。だがそれでもアイスのおかげか汗はかかなかった。
小さなカップはすぐ底についてしまい、俺は隣を見た。不動は残り四分の一を相変わらずしゃくしゃくと食べていた。それを見るとソーダ味は外周だけで中身は氷なのだと知る。
じっと見ていたら目線を上げた不動と目があった。
何を思ったか、不動はそのアイスをこちらに突き出してきた。
「味見する?」
アイスは少し溶け出していた。それでも雫が垂れるほどではなく端のほうに溜まっているだけだ。
食べてみたいと思ったが棒状のアイスは手渡しにくく、どうやって食べればいいかわからなかった。とりあえず手を出そうとしたら不動は微かに笑って俺の口元にアイスを近づける。それでやっと理解し、俺は口を開いた。
食いつくとすぐにアイスは口内で溶け出してしまう。さっきの不動と同じような音を立てると残りは一口になった。
ソーダ味はさっぱりとしていてうまかった。
「安くてもそれなりに美味いよな」
「ああ。ありがとう」
素直に礼を述べると不動は不思議そうな顔をした。
「何言ってんの。鬼道クンの金じゃん」
最後のかけらはすぐに不動が食べてしまい、残ったのは木の棒だけだった。
「外れだ。つまんねーの」
「鬼道が遅れるなんて珍しーな」
もう豪炎寺来てるぜ。円堂はそう言いながら自室へ先導した。
「これを買っていてな」
想定していた買い出しだったのだから遅刻したのはそのせいではなかったが。本当のことを言う必要はないと思った。ペットボトルを渡すと円堂はコップを取りに行くとまた戻っていった。
それから二時間も教科書を見てはあれこれと円堂に説明した。豪炎寺も手伝ってくれたおかげで家庭教師は思ったよりもスムーズに進み、三時の休憩が取れるくらいには進行した。俺たちは普段休ませてばかりの頭を使った疲れを取ろうと息をついた。
「あ、そういや母さんがアイス買ってきてくれたんだ。ちょっと待ってて!」
遠慮する間もなく円堂は取りに行ってしまい、俺は本日二つ目のアイスを食べることになる。嫌だとは思わなかったが体が冷えそうだな、とは思った。
「あ」
「どした?鬼道」
円堂が渡してくれたのはあのアイスだった。不動が食べていた棒付きの、ソーダ味。
食べてみるとやっぱり同じ味がした。部屋にはしゃりしゃりと氷を砕く音が三人分響いた。でもそれは不動のものとは違って聞こえた。
あれはもっと、遠くて別の世界の出来事みたいだった。
俺は不動のほんの少しだけ笑った口元を思い出した。人の神経を逆撫でしようとする笑みじゃなくて普通の笑顔。それから外れたとぼやいた時の声が頭に過った。がっかりした子供みたいな声音。
見ると俺より先に食べ終わっていた二人が棒を見つめていた。
「外れ」
「俺もだ」
がっかりした、というよりは当然といった風だ。不動とは違うな、そう思いながら最後の一口を食べ、俺も棒を見る。
「……あたり」
俺は思わず想像した。この棒が不動のアイスだったらよかったのに。そうしたらあいつはがっかりしなくて済んだのに。喜ぶ顔が、見られたかもしれないのに。もっとちゃんと笑ったかもしれないのに。
そんなことを思っていたら棒は円堂に奪われた。
書いた日110320 日常的