後編
次の日は珍しく晴れ間がのぞいた。約束を破るわけにも行かず俺は仕方なく部活に出た。そこでの鬼道はいつも通りで俺の際どいパスが通れば嬉しそうにしていた。サッカーにはわかりやすい男だ。何を考えているのかはよくわからないが。なにせ、俺が好きだっていうんだから。
「鬼道、帰ろうぜ」
佐久間が声をかけた。部活終わりのロッカールーム。もう人は殆どいない。俺は多分鬼道もそうするだろうと思ってゆっくり着替えていた。やはり残ったのは鬼道と俺だった。
「すまない。不動と話があるんだ。先に帰っててくれ」
そう言うと特に会話もなく佐久間は出て行った。部活をさぼっている件だとでも思ったのだろう。それはあながち間違っていない、でも正解じゃない。話をする約束なんかなかったが話があると思っていた。それは俺も同じだ。鬼道が言わなきゃ俺が引き止めていた。
話の内容もおそらく同じ。けれど、俺はわざと訊いた。
「話って何だよ?鬼道クン」
「わかってるくせに訊くな」
着替え終わってロッカーをバタンと閉めた鬼道は振り返る。そこにはしっかりゴーグルがあって瞳は読めない。
俺はロッカーに寄り掛かっていた背中を離して鬼道に近づいた。逃げる様子もない鬼道を追いつめて頬に手を伸ばした。触れた瞬間こそぴくりと動いたが鬼道は何も言わない。動かない。
「なあ、こんなことですら、お前には意味があんのか?」
鬼道の頬は滑らかだ。俺の手はこめかみまで滑り邪魔なものを引き剥がそうとした。
「ちょっ、おい…」
流石に抵抗はあったがゴーグルを手に入れる。結んであった髪も少し乱れたが俺が気にすることじゃない。俺はその手の中でトレードマークを弄びながら鬼道に体を寄せた。もう片方の腕を首に回すと鬼道はまた動かなくなる。その隙に口付けた。ちゅ、と音がする。
「意味がねェなら…もうしねーよ」
本当にそのつもりで俺は体を離そうとした。鬼道にとって意味がないなら俺にだって意味なんかない。好きだという鬼道が俺に触れるつもりがないなら、好きかどうかもわからない俺に理由なんて興味本位くらいしかない。興味くらいで近寄るほど、鬼道は美味なものだろうか。よく、わからない。それでも、俺はもう一度だけ鬼道に触れてみたかった。
「待て」
腕を引かれてまた寄った体。腰を引き寄せられて俺はロッカーと鬼道の間に挟まれた。そして何か言うまえにキスをされた。
押しつけるようなものだったのに唇を割られ舌が舌に絡んでくる。これはこの前もされた。ぬるぬると触れ合わせていると鬼道はぎゅうぎゅうと俺を抱きしめてきた。情熱的とか切羽詰まっているというかんじに思えた。
最初のほうこそ冷静に観察できていたが段々朦朧としてくる。舌が口内をまさぐるのも薄らと気持ちいい。俺は無意識に鬼道の制服を掴みロッカーに頭をぶつけたのもよくわかっていなかった。
どちらともなく離れると鬼道はハアと息をついた。俺はべたべたになった口周りを手で拭う。温い涎がリアルで、自分から鬼道とキスしてしまったことを実感する。
「…好きだと言っただろ、意味がないわけない。触れるだけでも、おかしくなりそうなのに」
俺の目を見る赤。綺麗だ、と純粋に思う。それが間近で濡れた時、あの時確かに俺はこいつをいつもと違うように感じた。あの鬱陶しい鬼道有人ではなく、違う何かに。
「約束」
鬼道の体を押し退ける。
「屋内練習出てやる。そのかわり、毎回終わったら俺の部屋に来いよ」
無言で抱き合った。押されるまま、素直にベッドに座るとのしかかられて俺はすぐに転がされた。
「鬼道クン、余裕ないねェ」
「あるわけないだろう…」
荒々しくゴーグルを取ると早速口を塞がれる。その間にも口と同時に服の中をまさぐられてあらぬ感覚が反応する。胸の尖りをつねられて俺は一際大きく跳ねた。
最初の時のようにこちらの反応を窺ったりはしない。もう感じているのはばれているのだ。そこを責められて俺は体を捩って悶えた。それが楽しいのか鬼道の口元は緩んでいる。とはいっても普段と変わらぬポーカーフェイスだ。佐久間あたりじゃ気付くまい。
「楽しいかよ」
「いや、嬉しい」
シャツを捲りあげてそこを吸われると俺はつい声をあげた。
「…っあぁ」
ちゅくちゅくとそればかりやられて声を出す。そうしているうちにムラムラしていたものと気持ち良さが形を持ってきてしまう。それは鬼道も同じようで太腿に鬼道のモノがごりっと当たった。いやそれは意図したものだったらしい。連続で押し当てられる。鬼道も気持ち良さそうに息を吐いた。
「何ひとりで盛り上がってンだよ、俺も…」
ウエストがゴムになっているルームパンツは簡単に脱げる。その下のパンツまで一気に脱いでしまって下半身が心許なくなる。鬼道がそれをまじまじと見るもんだから余計に恥ずかしい。風呂場で見せるのとは違う、完全に勃起した状態だ。ムラムラはやがてドキドキに変わっていて俺の心臓はばくばくとうるさい。
「あ、んま…見んな」
「別に俺も変わらん」
そう言うくせに服も脱がずに俺のモノを握るとゆっくりとしたリズムで扱いてくる。直接的な快感にぶるりと震えると鬼道はますます楽しそうに目を輝かせる。
ふと、その赤を見て思う。
「俺も触ったほうがいい?それとも、早くシたい?」
「…シてもいいのか?」
「明日は練習ねーし。俺も、シてみてェから」
そうすればあの時のような。違う鬼道有人が見られるような気がした。あの赤が燃えるように輝いて俺を見つめる。求めて足掻く。そんな鬼道は、嫌いとは違うと思った。むしろ、それは。
「ッん…」
鬼道の指が中に入ってくる。慣れない感覚だけれどそれは確実に知っている。俺はじっと我慢しながら拓かれるのを待っていた。
どういうタイミングなのかはわからないが、済んだらしい。鬼道は制服のジッパーを下し、ガチガチのモノを取り出した。ほとんど何もしていないのに、俺に触れるだけで反応する。それはやっぱりあの感情があるからなんだろう。この行為にも意味がある。
「入れるぞ」
その赤い目を見た時、これは俺にも意味がある、と思った。
俺はまだ声変わりをしていない。だから女の声と大して変わらないと思う。そんな俺が女がされているようなことで喘いでいるのは中々に笑える。ふとそんなことを思って鬼道を見ると余計に笑えた。
「ん、あっ…ぁ…クッ、鬼道クン、がっ、必死」
俺が笑いながら言うと鬼道は動きを止める。意味がわからないようだ。突かれなくなったおかげでマトモに喋れるようになって俺はニヤと笑ってやった。
「いっつも偉そうなくせに俺なんかに必死こいて腰振ってるのが笑える」
最中にこんなことを言えば萎えるか怒るかだろう。それなのに鬼道は笑ってキスしてきた。意図が掴めず反応しないでいると、笑ったまま繋がった部分を動かした。
「! んん、っあ…バカ、急に…」
「不動明王らしいな」
「っ何…ぁあ、ぁう、ぁ」
「言っておくが少なくとも俺にとっては、お前は必死になるに値する」
繰り返し内部を擦られながらの睦言は聞き取りづらかったが意味は嫌でも理解できた。しかも、俺はそれを嬉しいだなんて思ってしまった。
この短い十四年で俺に愛を与えようだなんて奴は居ただろうか。父親なんか覚えてもいない。母親は見返りとプライドを求めていた。周りに寄ってくる奴だってそんなのはいない。影山は任務を遂行できる能力を俺に期待し、見捨てた。チームメイトは俺のサッカーを欲しがっている。
それなのに、鬼道有人は俺自体に意味があると言う。俺を大事そうに嬉しそうに抱きながらそんな睦言を抜かすのだ。あの赤い真摯な目で以て。
「鬼道クン」
「ん?なんだ」
「もっと…抱いてくれよ」
梅雨は中々開けなかった。雨が降る度つまらない屋内練習に出ることになった俺は渋々ミーティングやら筋トレやらに参加した。そんな俺を源田は褒め佐久間は感心していたが、奴らは本当のことを知らない。俺は約束を守っているわけでも改心したわけでもないのだ。ただ夜を待っている。
寮生以外は基本的に十時までしか部屋に訪問できないことになっている。だが鬼道はここでも優等生と劣等生という間柄を利用し、挙げ句サッカー部の部長だとか寮長に顔が利くとか鬼道財閥の息子だとか、そういったコネを最大限に利用して連日のように俺の部屋に泊まっていた。最初は部員も不審がっていたが途中から俺たちは秘密の特訓ないしミーティングを行っているということになったらしい。誰も何も言わなくなった。
「鬼道クン、それ何」
「哲学書だ。読むか?」
渡された本は重厚だ。とてもじゃないが中学生が読むものじゃない。ぱらぱらとめくると字ばかりがぎっしりと並んでいる。読んでみるとどうでもいいことが小難しく語られていた。
「俺の部屋に来といて読む暇あると思ってんの?」
パタンと閉じて机の上に放り出す。
「こんなのより遊ぼうぜ」
俺は鬼道の腕を引いてベッドへ押し倒す。上に乗っかって擦り寄ると鬼道の匂いがした。屋内練習とは言え汗をかいたはずだ。シャワーを浴びたにしろ着替えたにしろ、きっとこれは鬼道の体臭なのだろう。すんすん、と鼻で匂いを吸う。
「俺、鬼道クンの匂い嫌いじゃねーなァ」
伸び上がってゴーグルを外すとキスされた。
「そうか。ならよかった」
ポーカーフェイスだから嬉しいのかなんだかわからないが、俺には微笑んでいるとわかる。付き合いの長さとか愛情とかじゃない、単純な話だ。鬼道は俺が好きでたまらないらしい。
俺はというと嫌いではなくなった。でも練習の小言はムカつくしポジションを奪えなくて命令されるのもムカつく。それでも鬼道の言う「つまらない」は理解できた。鬼道が居るのと居ないのじゃフィールドの躍動感が違う。サッカーの楽しさが何倍にもなる。お互いの考えが直ぐに解る感覚。言いようがない快感だ。
セックスはそれに似ている。二人で生み出す快感。感覚が伝わる瞬間。何より、あの赤が雄弁に語るのが聞こえるのだ。
俺に初めて愛を与えようとしている男。俺に初めて楽しい場所を与えてくれる男。
愛しているかと言われれば疑問だが、サッカーをしている時とセックスをしている時。確実に俺は鬼道有人が好きだ。こいつ以外は要らないとすら思ってしまうほどには。
七月になると梅雨が明けた。その代わりうんざりする暑さがやってきて熱にあまり強くない俺は早速練習でバテた。ベンチに戻った途端ドリンクを飲みながら日向を睨む俺を見て鬼道は笑う。
「梅雨の間さぼったからだ」
前半は言う通りだが後半は出ていたので心外だ。俺は見上げて言い返した。
「特別メニューで特訓してたぜ?」
後ろからやってきていたらしく、佐久間が俺を覗き込んだ。
「不動、やっぱり鬼道と練習してたんだな。成果はあったのか?」
俺たちの時間。外でするよりも軽い練習で余った体力をセックスに使い、密室でガキみたいに戯れ合う。それが齎した成果とは?
「そうだなァ……あったぜ」
「何か必殺技とかタクティクスとかできたのか?」
わくわくといった調子で尋ねてくる佐久間には悪いがそんな大層なものじゃない。単純な意識の変化だ。
「別にできてねーよ。相思相愛になっちまっただけ」
ドリンクを置いて立ち上がる。相変わらずの日差しにうんざりしたが練習はまだ続くのだ。ブッ倒れるなんて格好悪い真似はできない。
「はぁ?何の話だ?」
疑問符を飛ばす佐久間を無視して俺は鬼道に近づいた。
「ヨロシク」
鬼道は少し面食らった顔をしていたが、俺が真面目な顔で言うと切れ長の瞳を輝かせた。
これからはクソ暑い中で冷房を効かせて、ずっとくっついているのも悪くないかもしれない。体温が溶けるほど一緒に居たらもっと気持ちいいに違いない。
書いた日110603
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