同温



 別に用は無かった。


 いつの間にかできてしまったライオコット島に来てからの習慣。メシと風呂が終わって気が向いたとき、俺は何故かあの鬼堂の部屋に行く。何をするでもなくマネージャーが録画したのを借りっぱなしになっている過去の対戦映像を見ていたり、本棚に詰まっている中から適当に抜き取ってパラ読みしたり、もしくは寝ていたり。たまにはその日の練習についてやチームの状況なんかについて会話する。それも鬼堂が話を振ってきたら、だが。
 そうしているうちに寝てしまったり、飽きたりして部屋に帰るとか、まあ適当に過ごすのが常なのだが。不思議なことに俺は結構それが居心地がいい。あの鬼堂の部屋が居心地がいいってのも変すぎる話だ。そしてあいつも来訪する俺に何も言わず、入ればとにかく迎えてくれる。
 そういう不自然で自然な空気に俺はすっかり毒されていた。
 今日も同じようにその空気の中に居て、奴のベッドを自分の物のようにごろついてみたりしている。あいつは机に座って何かやっていた。明日の練習の確認とか今日のフォーメーションのおさらいでもしているのかもしれない。




 ふ、と目を閉じた。目蓋の向こう側には電気の灯りが煌煌と光っている。自分の血管の膜と光線の色が混ざって変な色をしていた。
 (このまま寝るか…)
 寝たらどうなるのだろう。いつもみたいに夜中になる前に目を覚まして部屋に帰らなかったら。鬼堂はベッドを占領する俺をどうするのだろうか。困るのかどかすのか起こすのか。どれでも構うまい、それより、眠りたい。そう思った時だった。
 「不動、寝るな」
 目を閉じる前まで机に向かっていたのに、こちらを見たのか見ていないのか。とにかく鬼堂の声がした。意識はまったく眠っていなかったので大体の距離感から机の前にまだいるのだろうことは想像がつく。
 俺は無視して目を瞑り続けた。
 「まったく……その格好で寝て、風邪でも引いたらどうするんだ。」
 確かに俺は薄着だった。タンクトップにハーフパンツだ。気温的には問題ないがこれで眠れば風邪を引きかねない、というのはもっともだった。
 俺が目を瞑り続けているとゆっくりと気配は近づいてくる。
 きっと明日の練習に出られなくなることを危惧しているのだろう。俺に布団でもかけてくれるのだろうか、それとも叩き起こすのか。待つように動かずにいると煌煌とした灯りが翳った。
 (? 何やってんだ?)
 そのまま影は俺の真上に在り続ける。予想できることは俺の顔を見ているだろう、ということだが理由も意味もわからない。そのままじっとしていると頬に何か触れた。
 (手、か)
 それは温かくも冷たくもない。俺と同じような温度。
 俺はぱちりと目を開けた。
 「!」
 そこには思ったよりもずっと近い距離に鬼堂の驚いた顔があった。ゴーグルをしていない、切れ長の目。赤い瞳がじっと俺を見る。俺は初めて見た鬼堂の素顔に純粋に見蕩れていた。


 そのまま何秒が経ったのか、鬼堂は体を離そうとした。
 (あ、いっちまう)
 俺はどう血迷ったのか頬から離れていく手を掴んだ。縋るような、目をしていたと思う。全て無意識だった。気がついた時にはもう俺はその手を掴んでいたのだ。
 「…不動」
 小さな声だった。
 それでも俺にはそれがさっきまでの、昨日までの、心地良い空気と同じことが分かってしまった。だからもう一度目を閉じた。
 また目蓋の向こうの灯りが翳る。ふ、と触れた唇は手と同じで俺と変わらない温度だった。





書いた日110222  軽め