愛の炎



 鬼道有人が俺のことを好いている、というのは周知の事実だった。不本意ながら宿舎にいる誰もが知っていて尚且つ関わらないようにしている問題でもあった。






 今も鬼道は当たり前のような顔をして俺の前でメシを食っている。一緒に食おう、なんて薄ら寒いことを約束した覚えは断じてない。それなのに自然過ぎる動作で席についた鬼道は何も喋らずに食事をしながら、時折俺に視線を向ける。
 「なんだよ」
 そう文句を言うと決まって、
 「何も言ってない」
 と屁理屈を捏ねやがる。目がうるせえんだよ、とは言わなかった。これ以上会話をする気はない。
 向かいの長机についている吹雪が隣の風丸に話しかけた。
 「またあそこなんだね、鬼道くん」
 「…吹雪、言わない方がいいと思うぞ」
 「こりないなあ」
 風丸はこちらに聞こえないようにと思ってか声を潜めていたが吹雪はそんな様子がない。なので当然目の前の鬼道にも聞こえたはずだが眉ひとつ動かさず食事を続けている。
 俺は毎日こんな風に鬼道に絡まれては周りに生温い目で見られているのだ。大して繊細な神経を持ち合わせているわけではないのが災いしてか、俺の精神が病むことはなかった。ただ鬱陶しさは半端なかった。
 粗方食事が終わって各々出て行き始め、俺も席を立とうと思ったところだった。
 「不動、たまには鬼道と喋ったらどうだ?」
 ぽん、と肩を叩いて円堂が笑顔で言う。どうやらこいつには状況がわからないらしい。そして空気も読めないらしい。
 俺は喋りたくないんだが。というか一人でメシが食いたいんだが。
 「…ぜってーヤダ」
 円堂なら理由まで問いただしてきそうだとは思ったが言わずにはいられなかった。言ってから後悔したが。理由を尋ねられたら言葉に詰まる。
 場の空気が少しは読めるらしい豪炎寺がさりげなく円堂を食堂から引っ張っていったおかげで詰問は終わった。俺はもちろん鬼道を置いて食器を下げに席を立った。






 宿舎全体がこうやって鬼道を見守るというようなスタンスだったが、それが余りにも一方的だからか突拍子もないからか、俺が責められたりすることはなかった。それはよかった。しかしその反応はただひとりを除いてだった。
 「不動さん!」
 ほらきた。俺は自分の部屋に帰ろうとしていた足を渋々ながら止めた。
 これから言われることはわかっている。
 「待って!」
 振り返ると、急いできたのか少し息を乱した音無が立っていた。こちらを見る目は強い。
 「ンだよ、また説教かァ?うっせーなマネージャーさんは」
 「説教じゃありません、お願いです」
 真剣そうな声に、つられて俺もトーンを落としてしまう。
 「同じようなモンだろうが。俺を咎めてんのは一緒だろ」
 こいつのお願い――それは単純でおせっかいで鬱陶しくて兄想いで、俺には到底理解不能なものだった。
 「違います。ただ私はお兄ちゃんと仲良くしてほしいだけで…」
 仲良く。それが何を指すのか。俺にはとっくにわかっていた。毎日あの目に見つめられていれば嫌でもわかる。あの赤い瞳が語ることは、愛だ。友情という最後のバリケードまで踏み越えてこようとする厄介な愛情なんてものを鬼道は俺にぶつけてきているのだ。
 わかっていた。わかっていて俺は目を逸らす。
 「音無はさァ、いいのかよ?」
 「何がですか」
 「おにーちゃんがホモになっても」
 親愛ではない、情愛の火。それがめらめらと灯るあの赤い瞳は俺を無言で追いつめる。
 本当は自分がもう逃げ場を失っていることくらい、知っている。
 「私は、お兄ちゃんが幸せになってくれればいいです」
 この答えを鼻で笑い飛ばせないのが、いい証拠だ。


 「ああ、そ。イカれた兄弟愛だな。だからといって俺には関係ねーけど」
 音無は真剣な眼差しを崩さない。そこにも炎が宿っているように見えた。それは俺を通り越して鬼道を見つめている。
 「けど…少しは考えてやるよ、あいつのこと」
 その炎は煌めいて瞬く。音無は嬉しそうに笑い、俺は早くも後悔し始めながらその場を後にした。音無の礼は背中で聞き流した。






 また懲りずに鬼道は俺の前に座る。何も言わずに席につくと俺を見る。
 俺は昨日の音無の目を思い出しながら、そのゴーグルの向こうを見つめた。きっとそこにはこの瞳のような色で輝く炎が鎮座し、俺を焦がすのだ。
 「…鬼道クンってさ」
 ほとんど俺から意味のある内容を話しかけることはなかったので鬼道は一瞬反応が鈍かった。ざわつく食堂の中、俺の声は小さくて伝わるかどうかはわからなかった。聞こえなければそれでもいい、と逃げたいような気持ちで思った。
 「俺のこと好きなんだろ」
 残念ながら聞こえてしまったらしく、鬼道はあからさま驚いたようだった。どう考えても答えはわかっているのに、俺はそれ以外の反応が恐くなってすぐに言葉を続けた。
 「だったらもうちょっと考えろよ、俺の性格」
 そんな表現が精一杯だった。自分の感情を曝け出すには壁が多過ぎてとても俺には乗り越えられない。それをひょいひょいと飛び越えて俺に接触する鬼道はすごいのかもしれない。
 もしもこの程度のヒントで俺を攻略できるんなら、鬼道有人に堕ちてやってもいい。
 「…わかった。なら、こうしていても構わないんだな」
 天才には簡単過ぎたのかもしれない。好きになっちまった、なんて言えない俺の瞳に、こいつは何を見たんだろう。俺にも炎は灯っているのだろうか。
 鬼道はその炎の宿る瞳を嬉しそうに歪ませて笑った。





書いた日110319  しつこい鬼道さん→素直になれない明王