fool on the ship



 同じ船に乗ってるってのは四六時中いっしょに暮らさなきゃいけないってことで、赤の他人が生活するのは結構窮屈なもんだ。バラティエだって自分の部屋はひとりきりになれる貴重な場所だった。もし無ければ俺にプライバシーという概念は備わらなかっただろう。つまりこんな紳士は出来上がらなかったのだ。個人の空間が無いなんてやってられない。
 と、この海賊団に加入したときは思ったのだが。





 「サンジぃー風呂あいたぞー」
 湯気がほこほこでているチョッパーとルフィが連れ立って顔を出したので俺はすぐさまグラスに水をくれてやる。二人が同じようにぐいっと飲み干すのを見ていたら、部屋の隅で寝ているマリモがのっそりと起き上がって欠伸をした。
 「オメーも水いるか?」
 微かに頷いた。キッチンから出てグラスを手渡す。外側についていた水滴が伝ってゾロの手首から下っていった。
 けれどゾロはそんなことに頓着もせず、二人と同様に一気に飲み干した。男らしい飲みっぷりだ。
 「…風呂」
 やはりのっそりと立ち上がったゾロはグラスを俺に寄越すとやはり欠伸をしながらダイニングを去った。宣言通り、風呂にでも入るのだろう。
 「サンジ、いいのか?」
 チョッパーがつぶらな瞳を向けたが俺は首を振った。
 「別に決まってるわけじゃねェからな」





 俺たちの船に大したルールはない。メシは食う。寝るときは寝る。航海士の海に関することは絶対。見張りは交代
 そんなもん。あとは時々による。
 誰かが寝込めば看病当番が勝手に発生し、食糧難なら俺の指示の元でサバイバル。嵐になれば全員で走り回る。怪奇現象ならとりあえず見とけ!冒険と宝には食いつき、海賊らしく自由に。
 そんなかんじで日々過ぎる。
 掃除も洗濯も頃合いをみてみんなでするし、風呂の順番なんて入りたいやつが入る。
 つまり俺の番になったと言っても寝ていたゾロを除名していただけで、俺たち二人以外はもう入りましたよ、ということだ。





 「ゾロ、俺も入るぞ」
 「…入ってくんな」
 無視して大浴場の扉を開けるとむわりとした湯気が立ちこめていた。湿気が髪や肌にまとわりつく感覚に慣れながら浴槽のほうにいるだろうゾロの姿を探す。
 緑。のち肌色。傷のない背中。
 「てめえの耳は飾りか?それとも俺の話を聞く気がねェのか?」
 浴槽の縁に座っているゾロは振り向きもしない。声は不機嫌そうだ。足はぷらぷらと浴槽の中を泳いでいる。
 「まあ後者だな。おまえは?水遊び?」
 ガキじゃあるまいし、理由もなくて浴槽に脚だけ浸けるとも思い難い。俺はその理由に見当がついていたがわざと遠回しに揶揄してやった。
 浴槽に入ると思ったよりも熱い。もうちょっとぬるいほうが俺は好きだけど、たぶんこいつの好みだろう。仕方なしに体を沈める。
 ナミさんが風呂に喜ぶのも解る。湯の温かさは体が解れるおかげで勝手に心まで緩やかになってしまう。
 だから俺はさっきよりも心持ち穏やかに言った。
 「手当も心配も医者の仕事だろ?隠してやるなよ。そりゃあ優しさじゃねェぞ」
 反論のように水面を蹴ったゾロはざぶんと浴槽に飛び込んだ。水柱に隠れていたが仏頂面は痛みに歪んでいた。俺は知らんぷりをしてただ見ていた。
 「…優しいとかじゃねえ。情けねェだけだ」
 ゾロは大変不服そうに呟いた。
 不意打ちをくらったのが悔しいとは。この男の戦闘におけるプライドの高さは出会った頃から変わっていないらしい。
 昼間、ちょっとした戦闘があった。大した相手じゃなかったが敵に鋭利な物体を飛ばしてくる奴がいて敵剣士と鍔迫り合いをしていたゾロは足をやられた。ちょうど見える位置で戦っていたのは俺だけで、つまり俺しか知らない。敵剣士はその攻撃のとばっちりを食らい雑魚度が上がり、ゾロに斬り捨てられた。しかし後方にいたルフィに標的が移ったためゾロは咄嗟に体で防いだ。乱戦中だから風圧を起こす技を使えなかったようだ。その後、俺がその厄介な輩を海にぶっ飛ばしたので戦闘は続行。マリモの体には幾つか穴が開いた。何だか知らないが埋まったぶんは抉りだしたんだろう。
 「俺は生きてるだけでラッキーだと思うね」
 湯をすくって傷にかけてやれば返答は呻き声に変わる。面白くてばしゃばしゃやってたら遂にそっぽを向かれた。
 「…ま、レストランに居た頃なら、だけど」
 この船の馬鹿共の生き様を見せつけられてからは生きてるだけじゃだめなんだと、気付いた。貰った生を享受していた俺は気付いてしまったのだ。ひとりひとつしかないそれを使い切るために努力している奴も居る。無くすはずだった、なのに他人の分を貰ってしまった俺は生きてるだけじゃだめだ。精一杯生きなければ。
 それで死ぬことは間違っていない。笑って死ねるのならば。
 「海賊になってからはオメーらのやりかたも理解できるぜ。ちっとはな」
 すっかりびしゃびしゃに濡れてしまった芝生を掴むとやや温度が高い。傷で熱が出てる。こいつが普段より寝こけてるときは体調不良だと随分前から気付いている。そのくらいクルーは四六時中いっしょにいる。
 引き寄せると素直に俺の肩にぶつかった。
 「あがったら手当してやるよ。それから医務室で寝てろ。朝になったら船医に見てもらえ」
 そうは言ったものの、この寝太郎は風呂に浸かったまま寝かねない。数分後、でかい図体をひきずってタオルをばたばたと使う自分の姿を思い浮かべた。
 男相手にここまでしてやるとは、俺もサービスが良くなったものだ。くすくす笑ったけれどゾロは文句も言わなかった。寝ていたのだろう。







 共に暮らすのだから不満や面倒もある。たとえば風呂の順番が遅いとか鼾が煩いとか。
 けれど死よりも意思を貫く潔さにほんの少しでも触れられるのなら海賊になるのも悪くない。そんな馬鹿なことを叫べるこいつらは最高の馬鹿共だ。きっと海賊王にも大剣豪にも成れるに違いない。
 そんな馬鹿な船で、俺も馬鹿げた夢を叫ぶのだ。
 消毒液くさくなったマリモをベッドに沈め、俺は医務室の灯りを消した。後ろからはいつもと打って変わって静かな寝息。寝ていればゾロはよくなる。その傷はそのうち大剣豪になるための礎になる。
 精々ゆっくり眠って夢でも見ていればいい。俺は密かに笑って部屋をあとにした。





書いた日091004  船のうえのバカ共