2:これであなたはわたしだけのもの



 嘘か、夢か、幻か。
 「いいぜ、付き合ってみる」
 サンジはそう言った。


 校門前にいるのも目立つから教えてもらったB組の下駄箱に寄りかかっていると何人もの生徒が俺のことを物珍しそうに眺めていく。
 「お、そっちの方が早く終わったか。悪ィな待たせちまって」
 階段から降りてきたサンジは小走りにやってきて靴を履き替える。ごついスニーカーは細い体に対照的だ。
 「お前んちってどこなの?」
 「麻原」
 玄関扉を出て校門へ向かう。
 「じゃあ近いじゃん。歩き?」
 「チャリの日もある」
 「あ、そうだ。おれチャリ貸したまんまだ」
 どうでもいいことを喋ってる、この距離感が信じられない。

 好きで、好きで、好きで。
 頭がパンクしそうだったから、もう面倒くさくなって、ダメで元々、とりあえず告白してみようと思っただけだった。
 落とす自信が湧くような相手でもないし、何より喋ったこともない。それでも振られて諦められる気持ちでもなかった。
 一縷の望みすらもないくらいの、ただの思いつきだったのだ。
 それにサンジが応じるとは思っていなかった。
 その金髪が目に入ったのはたまたま合同の体育でサッカーをしたとき、やたら点数を稼いでいる奴がいるのに気がついた。確か一試合に十四得点。しかも十分が前後半という授業内での練習試合で、だ。
 そのときの煌めいた金髪を、何故か覚えていて、そのまま廊下や体育館で見るたびに気付くようになった。
 それが、最初。




 渡り廊下。きーんこーん、と予鈴が鳴った。
 「うわ。やっべ、おれ次ロビンちゃんなんだ!」
 俺の問いかけへの答えではなく、頭の上を見上げながらそういうとサンジは携帯電話を取り出した。
 「ほら、出せよ」
 「?」
 「携帯!」
 言われるままに携帯を出すと、それを取り上げて何やらピコピコと操作をしたと思ったらぽい、と返される。
 「赤外線ついてねーのな、機種古いのか?まあ、打っといた」
 「…ありがとう…?」
 「おれ、サンジ」
 知ってる。けれど知らないと思っているのだろう。訂正するヒマはなく質問は飛んでくる。
 「運動部だろ?放課後は部活あんの?」
 「今日はねえけど…」
 「じゃあ待ってて。下駄箱で」
 「は?何で」
 「一緒に帰ろうぜ」
 「は?」
 とんとんと進んでいく会話、というには余りにも一方的なものがなされ、サンジの言うがままに事が決まっていった。
 「じゃあおれ教室行くから」
 と、逸早く教室へ向かうべく階段へ行ってしまうサンジを呼び止めた。
 話はまるで終わっていないのに勝手に帰るんじゃねえ。
 「おい!返事は!」
 切羽詰まった声で叫ぶ。格好悪かろうがどうでもいい。
 気持ち悪いと言われて終わると思っていた。それが何だ、一緒に帰る?
 思いがけない展開に、期待するなと言うほうが無理というもの。
 「試しでいいんだろ?」
 きょとん、としながらサンジはあっさりと言い放った。
 「いいぜ、付き合ってみる」




 「お前の番号登録しとこうと思ったらさ、名前」
 隣を歩く、その顔を窺い見るのに上下の動作は要らないのだと、そうしてみて気付いた。俺とサンジの身長は変わらないようだ。
 そんなことに気付く。それは心の奥底のほうからじわじわと嬉しい気持ちが湧いてきてしまう。
 「訊き忘れてた」
 名前を言うとサンジは目をぱちくりさせた。比喩ではなく、本当にぱちぱちと驚いてみせる。
 「剣道部の?」
 「ああ」
 「有名じゃん」
 そうだったか。俺はそういう、風評にとんと疎い。
 だがサンジのことは少しなら知っている。部活に入っていないことと、教師受けがよくないらしいこと。一年のときに教師に説教をくらったと聞いたことがある。それと、もうひとつはとても有名。
 「お前も有名だ。学内一の女ったらし、って」
 「ふぅん…」
 そんな男が、冗談でも試験的でも、男の俺と付き合うと言った。
 信じられない。信じていいのだろうか。冗談だとしたらさすがに少しだけ、立ち直れないかもしれない。ばっさり斬り捨てられるよりも抉られた傷のほうが治りは遅いのだから。
 「否定はしねーけど。今はお前と付き合ってんだから、お前が最優先な」
 だから安心しとけよ。
 なんて、笑う顔を見たらもう。


 信じていいのか。お前は俺のものなんだって。





書いた日081226