1:例えば君の声
あいつを好きになってから俺の世界の色は変わり、あいつと付き合うようになってから俺の世界の音は変わった。
色彩には煌めく金色が加わり、音域には彼の声が増えたのだ。
年の瀬ですら受験生に休みはない。どこかの塾では元旦でも特別講習をしているらしい、とニュースでやっていた。俺はそれを横目に見ながらサンジの作った雑煮を啜っていたので関係のない話ではあるが、まったく関係がないわけではない。
「あーゆう必死なの見ると別世界な気がするな」
同じようにテレビ画面を眺めていたサンジは完全に他人事だ。
「お前には別世界だろ」
サンジは大学に行かない。実家のレストランを継いでコックになりたいのだと随分前から聞いている。
そう、付き合い始めて、初めて手料理を食ったときには言っていた。
だから誰よりも早く受験生の重圧を抜けた――というよりスタート地点にすら立たずに自分の道を優先するようになった彼には血眼の受験戦争などどこ吹く風。今まではバイト扱いだったが見習いとして既に働いている。
ひたすら受験勉強を詰め込むクラスの連中からしてみれば一人だけいい御身分なのかもしれないが、俺はサンジの労働の実態を知っているのでそんな風に思ったことはない。
仕事納めの三十日まで働き詰めだったくせに、こうしてわざわざうちに来て雑煮なんか拵えている。
「受験するにしたって、元旦くらいは家族と過ごすべきじゃねェの?」
「家族と過ごしてねえくせに」
俺もサンジもそんな指摘をできる立場じゃない。
食べ終わった食器を流しに置いて戻ってきたサンジはおもむろに俺の顔をのぞきこんだ。
「お前でもパパと過ごしたいなんて思うのか?」
「誰がンなこと言った……お前の話だよ」
「おれ?ジジイなら朝会ったよ。年賀状取ってきたときに」
「会えばいいのかよ」
「いいだろ、っつうかゾロの親父さんみてェにいつもいないわけじゃねえからな」
顔を見たついでなのか、頭をぐりぐり撫でられてテレビが隠れた。サンジの顔も見えない。
「親父は帰ってこねェほうが平和だ」
「またまた、強がっちゃって」
見えなかった顔が近づいてくる。
そっと唇がぶつかって、離れた。逃がさないように首裏を引き寄せてそのまま貪る。くちり、と音がするのにはもう慣れた。
何回したかわからない。何度でも、したい。
「……元旦から煩悩のカタマリですこと」
「お前からしたんだろ」
「だってゾロは親父さんよりおれと一緒に過ごしたいのかなーって思ったら、つい」
サンジはへらりと笑いまた俺の髪をかきまぜた。照れ隠しだというのはわかっている。
俺はその耳に発火物を足してやることにする。
「当然だろ」
もっと照れる顔が見たい。それは俺にしか見れない表情だから。
ぴりり、と控えめな着信音がする。表示を見なくても誰だかわかる。
『――もしもし、…寝てたか?』
「寝てねえ。今日は終わるの早くねえか?」
ちらりと見た時計はまだ十一時を過ぎた頃。
『ラストオーダーの時点で一組しかいなかったからなあ。その間に仕込みもやっちまった』
いつもなら俺が寝ているときに電話がかかってくる。サンジの仕事が終わるのは午前になってからだ。
こんな時間、迷惑だと普通なら思うところだが、俺はいつだってサンジの声を待っている。寝ているところを起こされてもいい。
俺は俺自身でも信じられないくらい、サンジに甘い。おかしいくらい献身的で盲目だ。それがこの病の特徴で、それは治ることがない。
電話口の向こう側の顔が見えないのが少し残念だが、その声だけでこの病はどんどん悪化してしまう。
『今日な、タルト作ったんだよ。絶品だぜ?でも客少なかったから余っちまってな、もったいねーよ』
「へえ。じゃあ明日持ってこい。食う」
『いいけど、明日じゃ味落ちるなぁ…』
俺はもう既に美味いに決まっている甘味に思いを巡らしながら答えを待った。サンジが俺にエサをくれないはずがない。
「お前の作ったもんなら何でもうまいだろ」
『う……食わせた時には言わねェくせに…』
当然だ。出し惜しみしているのだから。いつも美味いと思ったときに言ってしまえば食うたびに言うことになる。
しばらくうんうん言っていたサンジは何か閃いたらしい。
『家に居んだろ?親父さんは?』
「いねェけど…来ンのかよ」
『ダメか?』
そんなわけない。
書いた日0901不明 お題シリーズ続き