5:何気なく差し出された手
サンジが珍しく学校に来た。俺はそんなことまったく知らずに午前も終わりそうなくらいに職員室に行って合否通知を見せに行ったら担任に言われたのだ。
「Bのサンジくんが探してたわよ」
この世界史教師はサンジとやたら仲が良い。というかサンジが一方的に崇拝しているのだが。とにかく、俺たちのことを少しは知っているようだった。
「教室に行ったんじゃないかしら」
くすりと笑うので愛想笑いもできない俺は対応に困った。
金髪頭が囲まれているのが見えて俺は立ち止まった。というのも事態が一瞬で飲み込めたからだ。
サンジは不良紛いのところがあるくせに周りからは不思議と人望があった。先輩には可愛がられ後輩には懐かれる。同級生からはどうしてか一目置かれているのだった。当然、知り合いも多い。
悲しいことに本人にとっては特筆すべきことには当たらないようだったが。サンジは興味のある人間以外は視界に留めることができない節があった。
後輩に迫られクラスメイトにはからかわれ。そのネタは“彼女”だった。だから俺は顔を出し辛くなってしまった。
後ろめたいような、気がしたのだ。
彼を人に言えない理由で独り占めしている罪。
「残念だよな」
唐突なセリフに顔をあげた。
踊り場には当然誰もいない、目の前には俺しかいない。独り言のはずがないのだ。何の話かわからず俺は尋ねた。
「何がだ?」
二つしか入ってなかったチョコレートはすぐになくなってしまい意地汚く指を舐めてみても食った物は返ってこない。俺は仕方なく箱を閉じてポケットに突っ込んだ。
それを機にしたのかサンジが急に抱きついてきた。ぎゅうぎゅうやられて壁に押し付けられると俺のポケットをばんばん叩いた。
「他の子が、さ」
きーんこーん。
チャイムが鳴ってサンジはぱっと離れた。
「落ちたからまた勉強だな。まだ学校に居るつもりか?」
「いや、帰って家でやる」
「だったらさっさと帰ろうぜ。昼飯作ってやるよ」
鞄を肩にかけて階段をおりていく。自然と上から見下ろすかたちになりいつもは見えない旋毛が見えた。それを追いかけると階下のざわめきが増えていく、気がした。
「ありがとな」
「一ヶ月後、楽しみにしてる」
今日浮かれた男が悩む日だと、以前聞いた。
「テメーがキャンディとか似合わねェな!」
あはは、と笑う背中に飛びつきたくなった。けれど他の生徒が通る廊下に降りてしまったからそれもできず、俺は拳を握った。指の先が食い込むより強く胸が鳴った。
付き合い始めてからもう一年以上も経った。去年の今日も、サンジはチョコレートをくれた。小さな甘いケーキ。その反応で次から甘くない菓子をくれるようになった。
そういう小さな理解が嬉しくて。好きになってから、付き合ってから、いままでずっと感情の渦に溺れている。
サンジのせいで。
なんて、甘い言葉だろうか。
D組とB組では下駄箱が違う。靴を履いて出るとサンジが待っていた。
「次、受験するところ遠いんだっけ?」
電車で二時間かかる。家を出て近場から通えれば楽だ。
「一人で暮らすのか?」
隣を見てもサンジの顔は変わりない。でもその言葉を振り絞ったことくらい俺にはわかった。
「いや…こっちから通う。」
電車賃のほうが家賃より安い。家族はいないようなもんだし煩わしくもない。理由のつけようなんていくらでもあるが、本当のところはひとつだけだ。
「よかった。遠距離にはなんねェんだな」
無表情だった顔がにぱっと笑った。
要するに、サンジと離れ難い、それだけなのだ。
付き合ってくれたきっかけは気まぐれだったのかもしれない。この現実もそんな間違いが起こした偶然なのかもしれない。ならばそれを大切にしていたい。
好きな人間に「好き」と言える。相手も返してくれる。
幸せすぎて、この時間が惜しい。
できるならずっと一緒に居たいから、俺は笑顔に問い返した。
「お前が嫌になるまででいい、隣に置いてくれるか?」
校門の一歩手前。二人は立ち止まった。木々は枯れたままだし吹く風は冷たい。暦は春も近しと教えるのに今日は冬としか思えない。けれどホワイトデーには少しくらい暖かくなっているのだろうと知っている。
サンジは何でも無い顔をして、ただ手をだした。
「ほらよ」
「?」
さっきチョコレートをくれた手のひら。美味いものを造り出せる料理人の手。
「一緒に居よう?」
他の生徒に見られる事も男同士だってこともこのときはどこかへ行ってしまっていた。こそばゆいが二人の世界が出来上がっていたのだろう。
俺はただ頷き、その手を握るだけだった。
どんな言葉も照れくさくて出てこなかった。
書いた日090214 クソ甘バレンタイン仕様!これでおしまい