4:みんな好きだけど君だけを愛してる
試験終わりの帰り道、待ち伏せをした。あいつのマンションの前、エントランスにも入れないからオートロックに阻まれて不審者のように待った。仕事の休憩時間を無理言って伸ばした。
終われば終わりというわけじゃない。首尾よく合格ということにならねば他の試験が待っているわけだし、受かっても安寧としていられるのは精々四月までだろう。知っているのに俺は浮かれていたのだ。
今は、何にも邪魔されない時間こそ大事だった。
未来のことが心のどこかを蝕んで、笑っていてもどこか不安なまま。それでも俺はゾロと別れる妄想すらしたくなかった。
あいつの眼に惹かれた。俺のことを好きだと語る視線は今でも変わらない。
俺はあいつのせいでどんどん変わってしまう。
ゾロは俺の姿を確認するなり首を傾げた。
「仕事は?」
俺はそれも聞かずに抱きつく。コートを着込んだゾロは分厚くて同じ身長だというのに俺よりもずっと頼れる気がする。
「休憩中。とりあえず顔が見たかった」
「ジジイに怒られるんじゃねえのか」
ジジイの落雷より今はゾロだ。
「どうだった?」
「別に…失敗はしてねえ、と思うが」
基本的に自信家なゾロだが勉強はあまり得意じゃないから珍しく歯切れが悪かった。俺はそれに笑い、ゾロに頭を叩かれた。
如月。外気はまだ冬の気配を残す。春は遠い、気がするだけだ。
学校なんて久しぶりだ。というか学ランを着たのも久々で何となく変な感じすらした。十五日の前日、つまりイベントデーである今日はゾロの合格発表なのでわざわざ出向いたのだが、校門から職員室までの間では遭遇しなかった。
あいつのことだから夜中にならないとメールもしてこないんだろう。だったら直に聞きたい。合否は郵送だか掲示だかネットだか知らないが学校には言いに来る、はずだ。
もしかして爆睡してるなんてこと…無いとは言えない。
「サンジィ……」
「おっ、久しぶりだなー」
「テメーなんで今日に限って来るんだよ!俺らにおこぼれのチョコも渡さない気か!?」
「バーカ。聡明なレディたちは俺がいないからってテメェらにくれてやったりしねェよ」
そんな風に同級生をからかいながら廊下を歩く。恨めしい視線もなんのその。だって俺には恋人がいるし。チョコなんてくれなくても全く問題ない男前の彼氏が。
D組まで行ってもゾロは不在だった。そんな時間を過ごせばいつの間にか情報は流れていたらしい。
最近登校することが少なかっただけで噂になるなんて俺は思っても見なかったのだ。
「サンジ先輩!これ貰ってください!」
とか言われるなんて思ってもなかった。
「え、いや、俺は」
とか言い訳する間もなく、半ば押し付けられるように渡された一つを皮切りに包みはどんどん増えていった。
わらわらと取り囲む彼女らを見て俺はちょっと気の毒になる。断りきれない自分が疎ましい。
「ありがとう。でも嬉しいけど…」
「えっ、彼女いるんですか」
「う…うー?いる、のかな…」
きゃあきゃあ黄色い声が飛ぶ。詮索の答えを持ち合わせない俺は返答に困りながら助けを求めるが向こうに見える知り合いは皆にやにや笑っているばかりだ。
「サンジ彼女いるのかよー」
「さすがだなあ」
「どんなんだよ、教えろよ!」
「…テメェら後でオロす!」
そう叫んだら人垣のちょっと奥に探しまくった顔がいた。
「あ」
そして俺の顔を見て、逃げた。
「っ、おい!待てって!」
女の子に阻まれてうまく進めず逃がしたかと思ったが、階段を降りている途中で捕まえられた。ほっと息をつく暇もない。ゾロなら俺の腕くらい楽勝で振りほどいてしまうのだから。
「ゾロ、待て。――なんで逃げんだよ」
「別に、逃げてねえ」
「あ?嘘つけ。つうかこっち見ろよ」
ゾロがこっちを向いた途端、後ろから女の子たちが追ってきた。のでとりあえず走った。引っ張られたゾロはよろついたが無視。一旦のぼって廊下を突き抜けて屋上までダッシュ。ドアは鍵がかかっているけど普通教室から離れた階段の一番上ならば誰も来ないし、多少声が響いても内容まではわからない、はず。
走ってる途中で鞄に突っ込んだからさっきのチョコは壊れたかもしれない。許してほしい。
しかし今それを気にしているヒマは持ち合わせていない。
俯いている顔を無理矢理こっちに向かせてキスをすると、肩を押されてすぐ離された。
「なんで怒ってんだよ。つうか合否は?」
「落ちた」
とりだした紙の真ん中に受験番号と不合格の文字がある。
「もういいだろ。お前は戻れよ、仕事あんだろ?」
怒ってる声で言われても。はいとは言えないだろう。
「今日くらいゆっくり学生させろよ。俺にも予定ってもんがあるんだし」
鞄の一番下に埋まってしまった包みを取り出す。
今日の最重要目的はこれだ。そりゃあ合否も気になったがゾロの学業に心配しても世話は焼けない。だったら世間のイベントに乗っておこうという気まぐれ。菓子作りも多少勉強している、ついでとでも言おうか。
「ほら。チョコ」
ゾロは無言で箱を開けた。
凝ったことはあまりしない。ブランデーを入れたガナッシュとビターチョコレートのトリュフ。どちらかといえば辛党のゾロにはそのくらいでいい。
「…うまい」
たった一言で俺は満足できる。
「おれにくれる子はいっぱいいるけど、おれがチョコあげるのはお前しかいないんだぜ」
もぐもぐ食ってるゾロの顔は心なしか薄赤い。にやっと笑ってみせると余計に赤くなった。箱とチョコでいっぱいになっている手を握りたかったけどちょっとだけ我慢することにする。
二人でいる時間は貴重なのだと、最近やっと実感し始めた。こんな風に些細なことで嬉しくなっちまう、その瞬間にありつくことがどれほど大事で難しいのか。毎日学校で会える時は気付かなかったんだ。
誰に会うよりゾロに会うのが俺にとって必要なことだ。
「残念だよな」
女の子が好きだった俺はどこへ行ったんだろう。いや今も在るはずだ。ゾロが飛び抜けて俺の一位になってしまうだけで。
こんなに絶品かつ自信作のチョコレートを食べることができるのは世界中でたったひとりなのだから。
書いた日090214 クソ甘バレンタイン仕様