誕生日は王様
びっくりした。
昼飯を片付けて食後の茶を飲んでいた時だ。
「そういえば今日、ゾロの誕生日だわ」
と、唐突にナミさんが呟いた。それを皮切りにわいわい言い始めたダイニング。そんな中いつもクールなロビンちゃんと当事者であるゾロだけはじっと茶を飲み続けている。
「宴だ!」
「いいけど、島にはまだ着かないわよ」
「じゃあ船でやるか」
そのフランキーの提案で決まるのかと思いきや、数人の視線がこちらに向く。窺う目が何を訴えているかなんて、見ればわかる。
「いいぜ。そのくらいの備蓄はあるからな」
「さすがだぜ料理長!」
またダイニングがわあわあと騒がしくなった。
「肉は!?肉でるのか?」
「何でテメェのリクエスト出すんだよ。普通ゾロだろ、ここは」
「ああ、そうだな。マリモは何食いたい?」
俺の問いに今までぼーっとしていたゾロはこっちを見た。
「酒」
そんなのはわかってんだよ。
「あん?食いもんだよハゲ」
イラっとして煙草が折れた。それを察したウソップがゾロに聞き直すとやや眠そうな声が、
「うめェもん」
とか抜かすのでまたムカっときて奴の座る椅子を蹴った。ゾロはジロリとこっちを睨んで立ち上がろうと、したがナミさんに引っ張られた。そして俺もフランキーに抱え込まれて距離をあけられる。
「ンだよっ、このクソマリモが――!」
「チッ。ちゃんと答えただろうが」
「どこがだボケ!俺はメニューを聞いたんだよ、っつーか俺の作るもんは全部うめェに決まってんだろ!」
がっしり捕まっているので足は届かない。ゾロは座ったまま頭をがりがり掻き回して溜息をつく。それがまたムカつく!
「だから、何でもいいよ」
何でもいいっつーのは注文として一番困る。毎日の食事なら俺が勝手に組み立てるからそれでもいいが、こういう、誰かのための特別な料理ならそいつの一番食いたいもんにしてやりたいのが愛情ってもんだろ?
このむさくるしいマリモに愛情ってのも鳥肌モンだが。
仲間なんだからまあ普通だろ。と自分で納得をつける。
俺は途端に脳味噌のなかが仕事モードになり、今までゾロに食わせて反応が良かったものを列挙し始める。こいつは煮物や酒の肴が好きだ。ちょっと味の濃いかんじ。あとは米。しかし宴向きじゃないな……。
いっそゾロの分だけおにぎりでも作ってやればいいのか?
とか考えていた。いつのまにかフランキーの拘束は外れていて、俺は新しい煙草に火をつける。
テーブルを囲んだ面々の話題は知らない間に移り変わっていた。
「あんた物欲なさそうだもんねえ」
「確かに。オメーは寝てるか刀だなぁ」
ウソップの言にみんなが頷くと腕組みをしたゾロが普通の声で言った。
「欲しいもん、ね…」
その声音は機嫌が良さそうでも悪そうでもない。降り出した雨を眺めるみたいな口調だった。
いつのまにかプレゼントの話題のようだ。
俺なら煙草と調味料や調理器具。ルフィは肉。ロビンちゃんは本。というように俺たちは新しい土地に上陸すればそれなりに何か探したり調達したりしにいく。何もない島だろうと俺は食材、ルフィは冒険、ロビンちゃんは探検。とにかく目当てくらいはあるもんなのだ。
それがゾロにはあまりない。上陸しても何をしているのかよくわからないし、それどころか上陸しないで寝っぱなしの時もある。ウソップの言うように寝る・酒・刀くらいしか興味はないように思えた。
それ以外があるとすれば戦いくらいだろうか。
しかし誕生日プレゼントに強い対戦相手を用意するわけもない。
だからこそ、みんな個々に考えて…ではなくゾロに尋ねているのだろう。
注視されながらゾロは茶を飲み干すと、気の抜けた風に「あぁ」と呟いた。
「欲しいもん、あった」
それもまるで空にある雲を見つけたかのような調子で、まったくぼんやりしていた。
本当はまだ寝てるのではないか?とすら思ったほどだ。
けれどゾロの珍しい物欲宣言に全員興味を引かれたらしく、残らず食いつく。俺も同じだ。
ゾロの欲しいモンっていったい何なんだ?
その反対側では煙草が短くなっていることを気にしたりしていて、つまり、俺はまったくの無防備だった。
緑色の目が煙草越しにこちらをうっそりと見上げた。目が合う。しかし外そうとはしない。
何見てんだよ――そう言おうとした瞬間。
「こいつ」
それまで顎を支えていた手で、指差した先に全員の視線が集中した。
びっくりした。
俺だ。
ゾロの指先はしっかりと俺に向いている。
俺?
訊いたつもりが声になっていない。
「サンジか?」
ルフィの無邪気な問い。頷くゾロ。当然の顔振り。
「あちッ」
火がくっつきそうになって慌てて灰皿に放り込む。直接触れてしまった指の腹はぴりぴりと痛んだ。徐々に白くなってきた肌を眺める、そのくらいしか現実逃避が見当たらないのだ。
「平気か?冷やしたほうがいいぞ」
心配そうに尋ねるチョッパーの言葉も上滑り。俺の意識はじっとこちらを見る輩の視線にばかり置かれている。
いったい何考えてんだ、こいつ!
ジョークを言っているようには全く見えない。ってかこういう冗談言うタイプじゃねェしな。
俺の戸惑いとはまったく別のところでナミさんがたった一声で采配を振った。
「じゃあ、あたしからのプレゼントはサンジくんにするわ」
その振り様はまさに女神。何の躊躇いもなく俺を奈落へと突き落とした。
ああ、この潔いところがまた素敵なんだが…。
今回に限っては素直に喜べない。
「オメー安上がりだからって…鬼か!」
「鬼だ」
「いやいや、くれって言うゾロもどうかと」
「いいじゃないの。サンジくんは船のコックでしょ?ならあたしにも権利があるんだから、そのぶんをゾロにあげるのよ。文句ある?」
誰が文句を言えるというのか。当然手はあがらず、それどころか加勢の一声。
「おれはいーぞ、メシが出れば!ゾロにやる!」
船長が推すのは威力がでかい。元から対岸の火事だ、しかも俺の所在なんて誰にも無いのだ。ナミさんと同じく安上がりを求めるのは容易。
「なら俺もやる」
「メシは作ってくれるんだよな?だったら俺も!ゾロにやる!」
「別にいいんじゃねェか」
男共は無責任にも次々に便乗する。
このクソ野郎共、後でスープのダシにしてやろうか。
「私も構わないわ。閉じ込めておくわけではないでしょう?」
閉じ込める!?
物騒なワードに振り向くとロビンちゃんは微笑んでいる。
今まで衝撃に圧倒されていたが、よくよく考えてみれば俺はどうされようとしているのだろう?
何?何されんの?
まさか煮られたり…俺がスープのダシになるのかも…って食い物じゃねェし奴の得意技は違うか。
じゃあ何だ、試し切りとかか?
俺じゃなくて雑魚でいいじゃねェか。
悶々としていて場の話を聞いていなかった。
「では七人分のプレゼントはサンジくんということで」
いつのまにか閣議決定されてる!
アホ船長すら神妙な顔つきで頷いている。あれはゾロによくしてやれば今宵のディナーに肉のリクエストという見返りがあるに違いない、と思っているに違いない。
なんて恐ろしいんだ。ここは魔窟か?
一瞬自分の船がモンスターハウスであるように感じた。
今日生まれただけで一日の権限を握ったモンスター・ゾロに食わせる贄=俺の図式が出来上がっている。
全員は俺の顔を眺めている。その思惑は知らないが大体が俺の反応を待っているようだった。
「サンジくんはプレゼント何にするの?」
ナミさんはにっこりと笑って言う。今度ばかりはこの俺にも悪魔が笑んでいるように見えた。
「ゾロはサンジくんが欲しいんだって。私たちの分はあげたから、後はサンジくんの分だけなんだけど」
笑みの向こうが語っていることは暗に要求だ。くれてやれ。と、目が俺に突きつけてきている。
俺が恐怖に身を竦ませていると、いつの間に立ったのかゾロが横から肩を抱いた。体が左へ傾いでハッとする。
「とりあえずこいつは頂くぞ。後はどうにかする」
「ちょっ、ちょっと待てよ!どうにかするって」
何をだよ。俺の分があるんだろうが。それ無視すんなよ。
腕を取られて引きずられるようにしてドアをくぐる。何か言おうと思ったがそれもかなわない速度で医務室を過ぎた。
外は爽やかに晴れていて秋晴れらしい。といってもグランドラインの秋なんて信用ならない。春の冬なのかもしれないし、二分後にはスコールやらサイクロンやらに見舞われるかもしれない。
甲板から芝生へ降りた辺りで手を振りほどいた。
掴まれた腕はじりじりと痛い。馬鹿がつく力自慢の握力だ。離れたのは放されたんだろう。
「…」
俺はゾロを睨みつけた。さしずめ無理矢理家に連れて来られた野良猫だ。苦しい。苦しすぎる。
窮地である。俺の身柄はすでにこいつに受け渡されているのだ。たとえ生きて帰っても誰にも祝福されない気がした。
なにより、ナミさんはきっと金のかからないこの方法を推奨している。
冷や汗が垂れた、ような気がしただけで実際には何も起きていない。すべては脳内で完結していた。
「あとはお前だけだ。欲しい。よこせ」
何て野郎だ。自分から誕生日プレゼントを強請るとは、厚かましいにも程がある。マリモのくせに!
これが誕生日の特権ってやつか。
なら俺の誕生日には鍵付き冷蔵庫が欲しいな。
いや。金がかかるからナミさんがくれないか。
嗚呼…。
溜息を吐いたがマリモが引き下がる様子はない。腹に溜まっていたものが出て行ってくれたおかげで空っぽのそこはきゅうと引き締まる。
煙草が吸いたい。そう思ったが、その前に億劫なことを終わらせよう。それは始まりかもしれないけれど。仕方ねェ。
抜き差しならねェとはこの事か。
「くれてやるよ」
甲板の上を風がびゅう、と吹いた。
夜はまだ来ない。真昼の太陽は傾きかけているが仕込みまではまだまだある。
それまでの時間は一体どうなってしまうのだろう。今日もいつも通り一服、と考えていた朝とは別物の状況に居る。朝がもう思い出せない。
ゾロはニヤリと笑った。こいつは今まで誕生日を子供のように待ち侘びていたようだ。
物欲の無いこの男がわざわざ欲しがるものを与えられたのなら、まあいいのかもしれない。そんな風に思った時点で俺の負けは見えていた。
書いた日091110 09ゾロ誕。